永遠の約束
脱字修正しました。
朝食の用意を済ませると、二人と一匹で賑やかな時間を過ごす。
「ご飯食べたらマモンと一緒に噴水見に行ってもいい!?」
「いいよ。でもその前にレシカの手紙、かいてから。見に行ってる間に配達屋さんにだしてくるからね」
「わかった!!」
朝食のパンを急いで食べ終わると、ヨエルは意気込んで手紙の続きを書き始めた。
朝から忙しないヨエルを眺めながら、フィノはゆっくりと食事を摂る。
『それで、フィノの方は無事に済んだのか?』
「うん、なんとかね」
マモンが眠っている間に起きた出来事を、フィノは彼に説明した。思えば怒濤の展開だったけれど、なんとかなるものだ。
しかし、やはり一番の成果はログワイドの出会った四災の居場所を突き止められたことだろう。
『なるほどなあ。王国にいるのか』
「そうみたい」
『言われてみれば心当たりはある。昔、ログワイドが話してくれた。奴が暮らしていた場所は極西にある辺境の地だと』
マモンの話では、ログワイドはそこからアルディアまで流れ着いたのだという。
二千年前は今と違って、国の境目が曖昧だった。その地を治める領主はいれど、国土も広いため国主が全てを治めてはいなかったのだ。
今は人間の国として成っているルトナーク王国にも、エルフが棲みついていたとしてもおかしくはない。
『それで、フィノはこの後どこに向かうつもりなのだ?』
「まずはアリアンネに報告に行かなきゃ行けない。帝都に戻らないと」
けれど、マモンが聞きたいことはそこではない。彼の懸念事項は、一緒に連れているヨエルをどうするかだ。
『その後はどうするのだ?』
「うん。それなんだけど……まだ迷ってるんだ」
アリアンネへの報告が済んだら、出来ればこのまま次の虚ろの穴まで向かいたいとフィノは考えている。
しかし、そこにヨエルを連れて行って良いものなのか。フィノが悩んでいるのはそこだ。
マモン起きてくれたのは嬉しいけれど、彼一人にヨエルを任せるのは心許ない。かといってシュネーの山小屋でマモンと二人、留守番をしていろというのも不安である。
ヨエルの安全を考えるのならば、フィノが傍にいて守った方が確実なのだ。
一緒に連れて行くか。それとも留守番をしていてもらうか。
どちらを取るかはヨエル次第である。決断までもう少し時間はあるし、ヨエルはいま手紙を書くので忙しい。
帝都に着いたら、その時に尋ねるのが無難だという結論に達した。
『うむ。それがいいかもしれんな』
フィノの意見にマモンは頷いた。彼も異論はないようだ。
込み入った話を延々としていると、手紙を書き終えたヨエルが声を上げた。
「かいたよ!」
「じゃあ、荷物まとめて外にいこう。ここにはもう戻って来ないから、忘れ物しないでね」
「はあい」
手紙をフィノに渡すと、ヨエルは椅子から飛び降りて荷造りに走った。傍にマモンを侍らせて、とても楽しそうな様子にフィノも嬉しくなる。
アンビルに滞在して宴を楽しんでいる最中。ヨエルは楽しそうにしていたけれど、どこか上の空のようにも見えた。マモンがずっと起きないことが気がかりだったのだろう。
それが今ではこのはしゃぎっぷりである。ハメを外しすぎなければいいけど、それは難しそうだ。
===
宿を出て、フィノは手紙を配達してくれる配達屋。ヨエルとマモンは噴水のある広場へと向かった。
別れ際にフィノは、「ふたりで楽しんでおいで」と言ってくれた。
それに笑顔で返事をして、ヨエルはマモンを腕に抱いて大通りを駆け抜ける。
『ぬうっ、抱かれなくとも自分で歩ける』
「いいの!」
腕の中で小言をいうマモンを抑え付けて、ヨエルは人混みを掻き分ける。
ヴァレンの街は大きな噴水が名所なのだ。それを一目見ようと色々な場所から観光客が集まってくる。
今はデンベルクとアルディアが戦争しているけれど、それでもこうして人は多い。
人波にもみくちゃにされながらヨエルは噴水の前に辿り着いた。
顔に水飛沫を受けながら、まるで初めて見たかのようにヨエルは目を輝かせている。
『たしかに、これは壮観だなあ』
「でしょ! ぼく、ずっとマモンと見たかったんだ!」
『そうか……うれしいよ』
濡れて風邪をひくと行けないからと、噴水の前からベンチに移動して二人で舞い上がる水飛沫を見つめる。
そうしていると、先ほどまで笑顔だったヨエルが少しだけ寂しそうな顔をしてみせた。
「マモン」
『うん?』
「ぼくがマモンの傍にずっといるから、ぼくのこと独りにしないでね」
膝上に乗せたマモンをぎゅっと抱きしめて、ヨエルは消え入りそうな声で言った。
その声にマモンは顔を上げる。すると、頭上から水滴が降ってきた。
『泣いているのか?』
「なっ、ないてない! これは……これは噴水のせい!」
『そうか。そうだな』
ごしごしと目元を拭って、ヨエルは慌てて否定する。それに微笑んで、マモンは先ほどのヨエルの想いに返事をする。
『独りにはしないよ。ずっと一緒だ』
「う、うん……ありがと」
『……礼を言うのは己のほうだ』
ヨエルが必要としてくれるから、マモンはここに存在できる。例えそれが要らないものだとしても、まだ幼い少年だけがマモンの拠り所なのだ。
『これからも宜しく頼むよ』
「うん! まかせて!」
泣いていたのが嘘のように、ヨエルはとびきりの笑顔を向けた。それに目を細めながらマモンは安堵に息を吐く。
ヨエルが不安を抱えていたことは、先の彼の言葉からわかった。ヨエルは大丈夫だと言っていたけれど、マモンが眠ってしまって独りになった時の不安は相当なものだったのだろう。
彼には両親もいなく、育ての親であるエルリレオも既にいない。フィノもいつでも彼の傍にいれるとは限らない。
そんななか、マモンだけがずっと傍にいてくれる存在なのだ。それを失うことは、半身が無くなってしまうのと同じことなのだろう。
可哀想なことをしてしまったと、心の中で再度反省をしていると遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「――あっ! フィノだ!」
遠目から姿を確認したヨエルは、立ち上がるとマモンを抱いたまま駆け寄っていく。
彼の腕の中で揺られていたマモンは、直後――違和感を覚えた。
『ヨエル、止まってくれ』
「ん、……なに?」
『少し奇妙だ。どこからか視線を感じる』
「ええ……それって誰かが見てるってこと?」
言って、ヨエルは立ち止まると周囲を見渡す。しかし、たくさんの人でごった返す広場は誰がこちらを見ていても違和感は無い。
そんななか、見られていると感じること自体異常であるとも言える。
「気のせいじゃない?」
『いや、そんなことは……ふあぁ』
活動限界が近いためか、マモンは大きな欠伸を零した。それをみて、ヨエルは残念そうな顔をする。
「……もう寝ちゃう?」
『起きたばかりだというのに、面目ない』
「いいよ。また後でいっぱいおしゃべりしようね」
おやすみ、と声を掛けるとマモンはヨエルの腕の中で消えていく。
少しだけ寂しさを覚えたヨエルだったが、直後にフィノの姿を見てその気持ちは消えてしまった。
「あっ、ヨエル。ここにいたの?」
「うん。マモンと一緒に噴水、みてきたよ!」
「こっちも手紙、ちゃんと預けてきたよ」
フィノの前に現われたヨエルは一人だった。マモンの姿はどこにもない。
「マモンは?」
「消えちゃった。でもね、マモン変なこと言ってたんだ」
「……変なこと?」
「うん。誰かが見てるんだって」
不可思議なヨエルの言葉に、フィノは周囲を警戒する。けれど、怪しい人物は見えない。
「それらしい人はいないけど……」
「気のせいだよ!」
「ううん……」
マモンに詳しく話を聞こうにも、彼は消えてしまったし。怪しい人物がいない以上、わざわざ探すのは時間の無駄だ。
今のところ被害を受けたわけでもなし。気に留めておくことにしよう。




