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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第三章
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目覚め

 

 目を覚ますと、ユルグは仄暗い樹洞(じゅどう)の中にいた。

 横になれるくらいには、内部の空洞は広い。


 すぐ傍に温もりを感じて横を向くと、そこにはフィノがいた。

 なぜかユルグにぴったりとくっついて眠っている。


「……なんで裸なんだ」


 かけられていた毛布をどけて露わになった裸体に、ユルグは嘆息した。

 せめて下着を穿けと言ってあるのにフィノは理解していないのか。


「――起きろ」


 揺すって起こすと、フィノは寝ぼけ眼を擦って、ゆっくりとユルグを見上げた。


「……ユルグ?」

「おはよう。服を着ろ」


 開口一番そう言い放つと、いきなりフィノはユルグの胸元へ抱きついてきた。


「――っ、なんなんだ」

「ユルグ、ずっとおきなかったから。フィノ……」


 今にも泣き出しそうに瞳を潤ませた姿は、よほど心配をかけたのだろう。


 フィノの言葉に意識を失う寸前の記憶を掘り起こす。

 池に生息していた魔物を倒して、陸に上がった所までは覚えている。そこから先は朧気だ。


 今居るこの場所がどこかは分からないが、フィノが運んでくれたのだろう。


「迷惑をかけたな」

「……もうだいじょうぶ?」

「ああ」


 頷いてやると、フィノはにっこりと微笑んだ。

 けれど、未だ抱きついたまま離れていく気配はない。


「ところで、なんで裸なんだ」

「ぬれたままだとさむいから」

「いや、俺の事じゃなくてお前だよ」


 ユルグがこうして脱がされているのは理解出来る。濡れたままの服を着ていては体温が下がってしまうからだ。

 既に乾かしてある衣服は、荷物と一緒に置いてあるのが見える。フィノがやってくれたのだろう。

 寝ている人間に服を着せるのは一苦労だ。ユルグがこうして裸であることに異論はない。

 しかし、フィノは別だ。彼女が何も身につけていないというのは、やはり理解に苦しむ。


「んぅ……さむいから」


 フィノの説明によると、明け方になると寒くなるのだという。火をおこしていても寒かったものだからくっついて寝ていたのだと、そういう事だった。


「それはお前が全裸である事の理由になってないぞ」

「こっちのほうがあったかいの!」

「……はあ」


 これ以上の会話は不毛であると判断して、ユルグは溜息を吐いた。


 フィノの主張については否定はしない。人肌で温め合うのは理に適っている。ユルグが目覚めた時も温かかったのはフィノが引っ付いていたおかげかもしれない。

 それでも、フィノの中でそれに対して全く羞恥が見られないことは問題である。


「わかった。もう何も言わない」

「んぅ、さむくない?」

「まあな」


 素っ気なく答えて、いつまでも抱きついているフィノを引っぺがすと乾いた服を手に取る。


「ユルグ……きずだらけだね」


 着替え姿をじっと見ていたフィノがぽつりと零した。


 フィノの言った通り、ユルグの素肌には無数の傷跡が残っていた。

 どれも古傷である為、痛々しい見た目ではあるが何も問題はない。


「回復魔法じゃ傷は塞がっても痕は消えないからな」

「いたくない?」

「大丈夫だよ」


 答えるが、フィノは不安そうにユルグを見つめるだけだ。


「ほら、お前もいつまでもそんな格好してないで服を着ろ」

「わぶ――っ、んぅ」


 投げつけた服を顔面でキャッチして、フィノはじとりとユルグを見た。

 そんな視線にお構いなしに、着替えを済ませたユルグは身体の状態を確認する。


「身体は問題なく動くが……体力は相当落ちてるな」


 何日も寝ていては仕方のないことだ。

 これから雨林を抜ける身としては厄介ではあるが、少しずつ戻していくしかない。


 フィノが言うには、ユルグはずっと目覚めなかったらしい。それがどれだけの間だったのか。彼女に聞き取りをしても要領を得なかった。

 医者の手記には夢幻病に罹ると二日から一週間は目が覚めないのだと言う。

 少なく見積もっても魔物を倒してから二日以上は経っているはずだ。


「そういえば、お前は平気だったのか?」

「なにが?」

「あの魔物の花粉だよ」


 魔物がまき散らした花粉は池全体を覆っていた。フィノだって多少なりとも吸い込んでいたはずだ。


「あの後、眠くなったりとかは」

「んぅ、ないよ」


 フィノはかぶりを振った。

 それもそうだ。ユルグと同じ結末を辿っていたのなら、こんな場所に運んでくることすら出来なかったはずだ。

 けれど、なぜフィノだけは無事だったのか。


 ユルグは事前にあの魔物についての知識はあったから対処が出来た。けれど、フィノには知らせていなかったのだ。花粉を吸い込むなと忠告はしたが、あの吊られた状況でフィノが大人しくそれに従っていたとは思えない。


 少し考え込んだ後、ユルグはフィノへと問うた。


「……何か未練や後悔していることはあるか?」

「みれん?」

「どうしても欲しいものとか、して欲しい事とか心残りなこと。そういったもののことだ」


 おそらく夢幻病の症状はそういった欲望に関連しているはずだ。

 その人の一番欲しているものが夢として現れる。それが手に入るものか、既に無くしてしまったものか。どちらでも差異はない。

 それを望んでいる事が重要なのだ。夢から覚めても惜しいと思える程のものであれば、目を覚ましても現実に悲観して前を見ようとしない。


 人間は心情がより複雑だから、そういった状態に陥るのだろう。


「んぅ……フィノは、ユルグといっしょなら、それでまんぞく」


 ――他には何も望まない。

 フィノは臆面(おくめん)もなく言い放った。

 逡巡もなく即断した物言いは、心の底からの願いなのだろう。


 それを聞いたユルグは、思わず口元が綻んだ。


「単純な奴だな」


 フィノには欲がなさ過ぎる。それの善し悪しは判然としないが、少なくとも良い傾向とは言えない。

 ユルグと一緒に居られれば満足だとフィノは言った。今はそれで良いかも知れないが、先を考えればそうであっては困るのだ。


 いずれ、フィノと別れなければならない時は来る。それは彼女が嫌だと駄々をこねてもどうしようもないこと。


 ユルグは過去に置き去りにしてきたものに決着をつけなければならない。しかし、それを成せるかどうかも分からない。もしかしたら、志半ばで死ぬかもしれないのだ。そうなった場合、いきなり放り出されてしまうフィノはどうするのか。

 今の彼女を見ればそんなものは考えるまでもない。


 だから、自分以外に生きる意味を与えてやらなければ。


「それじゃあ駄目だ――って、聞いてるか?」


 フィノに目を向けると、彼女は呆然とユルグを見ていた。

 不審に思って尋ねると、いきなりフィノはこんなことを言い出すのだった。


「ユルグのわらったかお、はじめてみた!」

「……はあ?」


 フィノは嬉しそうに破顔する。

 それにユルグはますます眉を寄せて、小さく息を吐く。


「そんなにはしゃぐほどのことか?」

「ないたのとおこってるのしか、みたことない!」

「泣いてない。見間違いだ」

「んぅ、そんなことない!」


 忘れ去ったと思っていたのに、フィノは覚えていたようだ。

 それに気まずさを覚えて、ユルグはそそくさと飯の支度を始めた。


「取りあえず飯にするから、お前はさっさと着替えろ」


 背嚢の中身を確認すると、見慣れない果物がそれなりの数入ってあった。

 おそらくユルグが眠っていた間、フィノがどこかから調達してきたのだろう。


 樹洞の外に目を向けると、今は夜明け近い時間帯らしい。

 薄らと陽の光が差している外の景色は、代わり映えのない新録を映している。


 そろりと穴から顔を出して見てみれば、近くには微かに何かしらの動物が移動した後が残っていた。

 どうやらこの雨林には多少なりとも小動物も生息しているみたいだ。今まで姿は見えなかったのだが、ユルグがあの池の魔物を倒したからだろうか。

 少なくとも何かしらの変化はあったようで、まだ見ぬ雨林の奥を見据えて樹洞の中へとユルグは引っ込んだ。


「こいつは食べられるのか?」

「んぅ、おいしいよ」


 背嚢から赤く熟した実を取り出してフィノへ尋ねると彼女は頭を縦に振った。

 フィノの言を信じて齧り付いてみると、確かに。甘くて瑞々しい実は喉越しも良く美味だった。


 焚き火の横に腰を下ろすと、ユルグはフィノを隣へ呼び寄せた。


「食べながらで良い。耳だけ貸してろ」


 背嚢から地図を取り出すと地面へと広げて、これからの予定を話し出す。


「今居る雨林を抜けるとアルディア帝国に入る事になる。俺の予想だが、帝国ではそうそう追っ手はかからないはずだ」

「んっ……なんで?」

「帝国は他国との関係はあまり良くないんだ。勇者の責務は魔王を倒すことにあるんだが、それに関しては他国と同じく協力的だけど、それ以外は我関せずって感じだな」


 国土も大陸随一の広さを持つ。端から端まで横断するにはどうあろうとアルディア帝国を横切らなければいけない。それほど()の国は強大なのだ。それ故に野心も強い。


 隣接しているラガレット公国は、かつてアルディア帝国の一部であった。

 もっともそれは千年も前の話だ。今ではラガレットは国として幅を利かせている。

 それが帝国にとっては我慢ならないのだろう。事あるごとに目の敵にして侵略しようと企てていると風の噂では聞いている。

 そして、それはラガレットの話だけではない。帝国は大陸全てを手中に収めようと躍起になっているのだ。


 しかし、その野望を阻んでいるのが魔王の存在である。


 これを野放しには出来ないのは帝国も重々承知のようで、ひとまずは戦争云々の話は成りを潜めている。けれど、魔王が倒された暁には大陸中を巻き込む争いが始まるだろう。


 勇者であるユルグにとって無関係な話ではないのだが、それに構ってやろうとは微塵も思っていないのだ。


「とにかく、帝国に入ってしまえばなんとかなるってことだな」

「ふぅん」


 果物を齧りながら、フィノは話半分に相づちを打つ。


 ユルグの目的は、アルディア帝国にはない。そこからさらに北東へ向かったラガレット公国にある。

 そこに入る前に、フィノとは別れなければならない。あの国はエルフばかりでハーフエルフであるフィノにとっては生き辛いからだ。

 帝国も安全とは決して言えないが、ラガレットよりはマシである。


「それを食べたら出発しよう。随分足止めを食らったから、ここからはペースを速めてさっさと抜けたい。ちゃんと着いてこいよ」

「んぅ!」


 しかし、この事はまだフィノには秘密にしておいた方が良いとユルグは判断した。ラガレットに入るにはまだまだ時間は掛かるだろうし、フィノにも教えることは沢山ある。

 余計な事実を知らせて動揺させることはしたくない。


 さりとて、フィノへと教鞭を執るにしてもこの雨林でなんて御免である。

 体力に不安は残るものの、ここはサクッと進んでしまおう。




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