いのちの在り方
ヨエルはルフレオンと一緒にソファに座って大人しく待つことにした。
けれど、隣に座っているルフレオンは、やっぱり元気がないようだ。大丈夫と彼は言ったけれど、少し心配になってくる。
でもこんな時にどんな言葉をかけていいのか、ヨエルにはわからない。マモンがいてくれたら良かったけれど、ずっと眠ったままで起きる気配もないし……一人で勝手に心細くなっていると、そんなヨエルの様子に気づいたルフレオンは可笑しそうに笑みを零した。
「本当に大丈夫だよ。さっきは少し驚いただけだから」
「ほんとう?」
「うん。気を遣わせちゃったなあ」
ありがとう、と言ってルフレオンはヨエルの頭を撫でた。
彼は笑っているけれど、それでも気になって物言いたげにしていると、ヨエルの眼差しを受けてルフレオンは手元を見つめながら話し出した。
「命ある限り、いずれは誰だって死んでしまう。私が悔やんでいるのは、彼が亡くなったことにじゃない。彼の……友人の死を看取れなかったことだ」
「……それ、同じことじゃないの?」
「人間の生死感でいうと同じに見えるかもしれないね。でもエルフにとっては全くの別物なんだ」
ルフレオンの話はヨエルには難しかった。それでも、彼が何か大事な話をしていることは辛うじてヨエルにもわかる。
「五百年も生きるエルフにとって、誰かの死っていうのは珍しいものじゃない。寿命を終えるまでに幾度となく経験するものなんだ。もちろん、それを悲しいとも思うし寂しいとも思う。決して蔑ろにしているわけではない。むしろ、人間以上に生死に執着しているのがエルフという生き物なんだ」
黙って聞いていると、彼は小難しい話をする。それでも、なんとなくだけどヨエルにもわかるような気がした。
エルリレオがよく言っていたことがある。
『どんな生き物であれ、命を粗末にしてはいけない。ただしそれは殺し殺すなということではない。自分であれ誰かであれ、命を大事に使いなさい』
幼いヨエルにはエルリレオが何を言っているのか。理解出来なかった。でも、大事なことだからとよく聞かされていたことだけは覚えている。
ルフレオンの言う、執着というのはきっとこれのことなのだ。
エルリレオは齢五百を越える老齢のエルフだった。だから少し古くさい考えを持っていたように思う。
普通の人ならば、一度きりの人生だから悔いの無いように生きろと言うところを、彼はどう生きるかではなくどう終わるかに固執しているようだった。
これまた難しい話でヨエルには話の半分も理解出来なかったけれど……長い時間を生きてきて、沢山の人の死を看取ってきた彼だからこその助言だったのかもしれない。
少しだけ理解が追いついてきた頭で、先ほどのルフレオンの発言を考えてみると彼はエルリレオと同じことを言っているように思う。
彼は看取れなかったことを悔やんでいる。命の終わりの瞬間に立ち会えなかったのだ。それ即ち、エルフにとっては耐え難いことなのだろう。それが友人や大事な人なら尚更だ。
「死というものは、良くも悪くも記憶に残るものなんだ。誰に訪れたものであっても。だから、私たちはそれを自分の中に残す為に、こうやって生き死にに執着するんだよ」
ルフレオンの……エルフの生死感は、ヨエルにとってはいまいちピンと来るものではなかった。
だって、誰かが死んでそれをずっと覚えているなんて、何にもならない。死人を想っていればその人が生き返るわけでもないし……なによりも、大事な人の死は思い出すだけで悲しくなる。
その人との思い出は大事だけど、ルフレオンが言うように最期をずっと覚えていたいとは思えないのだ。
ヨエルは両親の顔も知らないけれど、それでも同じことを思っただろう。
「そうなんだ……むずかしいね」
「子供には少し早い話だったかもしれない。でも、大事な人のことはずっと覚えていたいだろ? 楽しかったことも、悲しかったことだって」
「うん、そうだね」
「君は素直で良い子だね」
頷くとルフレオンは微笑んで、それから神妙な面持ちでこんなことを言い出した。
「私も君みたいな子供が欲しいって妻には言っているんだけどね。なかなか良い返事をもらえなくて。まだそういう予定はないって断られちゃったよ」
少し困ったようにはにかんで語るルフレオンに急に惚気話を始めた。
他人の前で話すには恥ずかしい話も、子供の前であるからそんなに気にしていないのか。ヨエルも特に深く考えず、幸せそうな彼の様子に心が和む。
「おじさん、子供好きなの?」
「うん。だから、今回君といろんな場所に行けて結構楽しかったんだ」
「ぼくもたのしかったよ」
不安な事も多かったけれど、ここまで来る間に悲しくなるようなことは全くなかった。それは傍に彼がいてくれて色々と気を遣ってくれたからだ。
おかげでルフレオンとの旅は楽しい思い出でいっぱいだ。
きっと父親というものがいてくれたのなら、こんな感じなのだろう。今更それを欲しいとは思わないし、マモンやフィノがいるから特に寂しいと思った事は無い。
でも、少しだけ羨ましいとも思ってしまうのだ。
「おじさんがお父さんだったら毎日楽しいと思うよ」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるね」
「だから、帰ったらもう一回頼んでみたら?」
ヨエルの発言に、ルフレオンは苦笑した。
でも、そうは言ってもどうやって子供ができるのか。ヨエルは知らないのだ。そういえば、この事はエルリレオにも聞いたことはなかった。
「おじさん、子供ってどうやってできるの?」
「えっ!? そ、そうだなあ……ええっと」
純粋に気になって尋ねると、ルフレオンはどうしてか。急に慌て始めた。
どうしたのだろうと思っていると、彼はごほんと咳払いをする。
「男女が愛し合って、子供は生まれてくるんだ」
「愛し合う、って好きっていみ?」
「そうそう、そういうこと! いやあ、君は賢いなあ!」
はははっ、と笑ってルフレオンはわしわしとヨエルの頭を撫でた。
でも、彼の回答は掴み所が無く本当に知りたいことまではわからない。少しだけ不満げな表情をしていると、彼はそれを見て付け加えた。
「これは難しい話だから……他の人に聞いてみるといいね。うん」
「フィノ、しってるかなあ」
後で聞いてみようと思ったところで、話は一段落する。
直後、それを見計らったかのように部屋の扉がノックされた。




