交渉の卓に着く
とはいえ、これらの謎が解明されたところでフィノが求める答えには辿り着けないだろう。
四災と交渉するにはもう少し頭を絞らなければならない。その為には、相手のことを良く知ってからでないと墓穴を掘る。
しかし、目の前の四災はフィノとの交渉に応じてくれる気配はない。たったいま拒絶されたばかりだ。
彼の腰を上げさせるためには、何か興味をそそるような話題を提示しなければならない。
何か良い案はないかと考えていれば……ふと、フィノはあることが気になった。
「ひとつ、聞きたいことがある」
「なんだ?」
「街を襲わせていた、本当の理由ってなに?」
先の四災の説明では、活動領域の拡大だと言っていた。けれど、行動範囲が広がったところで、彼が何をしたいのか。その真意は不明なままだ。
「我らがこの大穴の底に囚われていることは知っているのだろう。長いことこんな場所にいると、どうにも外の様子が気になってしまう。しかし、我らの間には暗黙の了解というものがある。始めの創造より後に、過度な干渉をしてはならないというものだ。それは重々心得てはいるが……あれを見てしまえばそうも言えなくなる」
意味深な事を言った四災は、立ち上がるとある物を本体である巨人の内部から取り出した。
彼の手に握られているのは、祠の祭壇に安置されていた匣である。けれどそれの中身は空になっているらしく、まっしろだ。
「それ……」
「中身は取り出して使わせてもらった。しかしあんなものでは、我らはここからは出られない。代わりにこれを創ったというわけだ」
彼はヴァルグワイを指して言う。
四災本人はこの大穴から出られはしない。けれど、ヴァルグワイのように自らの力を使って創りだしたものはその限りではないらしい。
「これを使ってどうにかこの場所から出られる方法を探ろうとしたのだが……なにぶん行動範囲が限られている。定命の者どもは邪魔をする。なかなか上手くはいかないものだ」
やれやれと嘆息した四災の話では、彼はここから出たいようだ。
どれくらい長い間、閉じ込められているのか知らないけれど、彼が退屈しているであろうことはフィノにだってわかる。
ユルグやマモンの話では、瘴気を無くすには四災を大穴の底から外に出せば良いとのこと。どうにも森人の四災はそれを望んでいるようで、それならばフィノにとっても好都合である。
「ここから出たいの?」
「叶うことならばそれを望んでいる。だがそれは難しいと言わざるを得ない」
「だ、だったら……私が協力する」
街への襲撃も、彼がここから出られたのならば解決する。
それに最終的には大穴から出てもらうことになるのだ。成さなければならないことならば、それを交渉材料にしたって何の問題にもならない。
けれど、フィノ一人の力ではどう足掻いても目的を達成出来ないのだ。
だから……協力者の存在が不可欠なのである。
「その代わり、協力してほしい」
「それは我らに言っているのか?」
「うん」
フィノの提案に、四災は思案しだす。彼の反応は悪いものではなかった。少なくとも話くらいは聞いてくれそうだ。
「そうしたところでお前に何の益がある? 先も言ったように、我らはお前たちの望みを聞き入れるつもりはない」
「ううん、あなたには何も望まない」
かぶりを振って否定すると、フィノは自分の目的を四災に明かした。
瘴気をなくす事が本命であること。その為に、ログワイドが出会った四災を探していること。
すべてを話し終えたのち、フィノの話を黙って聞いていた森人の四災は「なるほど」と呟いた。
「そういうことならば、手を貸してやろう」
「ほっ、ほんとう!?」
「お前の成功如何で、我らがここから出られるか否かが決まる。であれば、協力を惜しむ道理はない」
意外にも彼は差し出した手を握り返してくれた。
予想外の展開にフィノは驚愕を通り越してしばらく呆然としてしまう。
ユルグが会った四災は非協力的であったと書いていたから、てっきり同じかと思っていたら……そうでもないらしい。
「だが、いくら我らが協力をするといっても、道行きが険しい事には変わりない。そこは肝に銘じておけ」
「う、うん。わかった」
「そうと決まれば、ここからどう攻めるか。作戦会議といこう」
思ってもみない形で交渉は成立したみたいだ。
そのことに安堵すると、フィノは頼りになる協力者とこれからの方針を話し合うことにした。




