少年の小さな冒険 3
脱字修正しました。
帝都から出ている乗り合い馬車での、アンビルまでの道程は六日。
まず帝都を出て南方にあるヴァレンの街を経由して、アンビルまで向かう。
ヨエルとルフレオンの他に、乗客は数人いた。それと御者を務める男と護衛の冒険者数人を連れて陽が落ちかけてきた夕刻に、馬車は帝都を出発した。
「ヴァレンまでは……今日を含めてあと三日って所かな。街道を通るから悪路でもないし、もしかしたらもう少し早く到着するかもしれない」
馬車内で、ルフレオンは地図を広げてぶつぶつと独り言を言う。
それを隣で聞いているヨエルの膝上には、未だ眠り続けているマモンを乗せていた。流石にいつまでも狭い背嚢の中に押し込めては可哀想だと思ったからだ。
「もう少し進んだ所で、野営をするだろうね。ちょうどこの近くに小さな野営地があるんだ」
「おじさん、くわしいね」
「ああ、これは昔やってた仕事の名残ってやつだ。こわあい囚人たちを街から街へ護送していたから、旅慣れているんだよ」
流れていく景色を楽しみながらルフレオンの話を聞いていたヨエルは、ふとあることが気になった。
「気になってたんだけど」
「うん?」
「なにを直してもらうの?」
腕の良い鍛冶師に用があると彼は言ったが、それ以上のことをヨエルはしらない。
尋ねてみると、ルフレオンは背負っていた背嚢からある物を取り出した。
「これだよ。特別なものだから技術がないと直せないんだ」
彼がヨエルに見せてくれたのは、刃が透き通った短刀だった。
滅多に見ない珍しいものだとヨエルにもわかるが、それは刃先がボロボロに欠けている。
「魔鋼鉄っていう特別な鉱石を使って打たれたものなんだ。魔法の伝導率が他と比べて特段に良いから、魔法が使えなくても魔鉱石を使って魔法を付与できるんだよ」
「ふぅん。そうなんだ」
ルフレオンの説明はヨエルにはよくわからなかった。けれど、特別な物ということは伝わってくる。
「サルヴァからもらった物だと言っていたから……形見みたいなものだ。できるなら直してやりたいんだよ」
「サルヴァ?」
「私の友人で、妻の父親だよ。ああ、そうなると私の義父ということにもなるのか」
感慨深そうにルフレオンは頷いた。
形見、ということはその父親はすでに亡くなっているということだ。そういえば、前にライエからもそんな話を聞かされた。
確か……彼女の父親は殺されたのだ。それをやったのは、ヨエルの父だと。そう話していた。
そこまで思い出して、ヨエルの胸中は複雑だった。
本当ならば、彼女の父親を殺した男の息子であるヨエルをライエが恨んだとしても、それは当然のことである。けれど、彼女は誰も恨んでいないようだった。
どうして彼女がそんな考えに至ったのか。ヨエルにはわからないのだ。
「なんで……あの人はぼくのこと、恨まないの?」
「えっ?」
「ぼくのお父さんがころしたって、言ってたよ」
隣にいるルフレオンをまっすぐに見つめて、ヨエルは彼に問う。
するとそれを聞いたルフレオンは、マズいことをしてしまったとでも言うように、気まずげに言葉を詰まらせる。
「それは……君には何の罪もないからだ。ライエだってそれをわかっている。それに……あの時のことは、私のせいでもあるからね。だから、君が気に病む必要は無いんだ」
そう言って、ルフレオンはヨエルの頭を撫でた。
彼は気にしなくてもいいよ、とヨエルに言ってくれたけれど……それでも思う所はある。途端に口数が減ったヨエルを気にして、ルフレオンは元気づけるように声をあげる。
「そうだ! これから向かうヴァレンには大きな噴水があるんだ。少し立ち寄ることになるから、おじさんと見に行こうか」
「……ふんすい?」
「ええと、水が吹き出している……うん、とにかく凄いものだから、きっと君も楽しめると思うよ」
見るまでのお楽しみ、ともったいぶった事をいうルフレオン。そんな彼の気遣いにヨエルは微かに笑みを零した。




