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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第三章
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幸福な夢 2

 

 グランツの話を聞くに、今回の依頼はジャイアントボア五頭の討伐らしい。


 この魔物は名前の通り、デカいイノシシのような見た目をしている。

 単体だけならば脅威ではないが、決まって群れで行動するため連なって向かって来られると厄介なのだ。

 その図体のでかさ故に、森の中では非常に見つけやすい。草木を薙ぎ倒して移動するからわかりやすいのだとグランツは得意げに説明した。


「それってあれのこと?」


 ユルグが不自然に倒れている茂みを見つけて指差すと、それを見たグランツはにやりと口元を歪めた。


「こりゃあ、思いの外早く終わりそうだな」


 不敵な笑みを浮かべてのたまうグランツの背後。

 ガサガサと茂みから物音が聞こえてきた。


 何事かと身構えた二人の前に現れたのは、森で薬草の採取をしているエルリレオだった。


「お主ら、二人揃ってこんな場所に何用かね」


「爺さんこそ、こんな所で何やってんだよ」

「どこかの誰かさんのおかげで金策に走っておるのよ。まったく、こんな老体に無理をさせおって」


 グランツの問いに、エルリレオは恨みがましく悪態を吐いた。

 しかし、そんな小言も耳にタコができるほど聞いてきたグランツには、さして効果もない。

 一触即発になりかねない雰囲気に、ユルグは咄嗟に二人の間に身を乗り出した。


「俺はエルの手伝いをしようと思って来たんだ。途中でグランツに捕まってしまったけどね」

「おお、そうか。それは助かる」


 ユルグの申し出ににっこりとエルリレオは微笑んだ。

 グランツへの態度とは雲泥の差である。


「待てよ。ユルグは俺のイノシシ退治に付き合うことになってんだ。勝手に攫っていくな」

「――え?」

「ふん、そんなもの大方お主が無理矢理巻き込んだだけだろう。自分の事を棚に上げて良くそんなことが言えるものだなあ」


 突如勃発した争いに、ユルグはどうしたものかと慌てふためいた。

 いつもならエルリレオもここまで食ってかからないのだが、今はタイミングが悪すぎる。

 カルラが居てくれれば宥めることも出来ただろうが、代わりにユルグが口を開けば水に油を注ぐ事態になりかねない。


「――はっ! そこまで言うならこいつに決めてもらおうぜ」


 睨み合っていた両者は一斉にユルグへと眼差しを向けた。


「そんなこと言ってもなあ」


 呟いて、ユルグは嘆息した。

 元々、ユルグはエルリレオの手伝いをするために森に向かっていたのだ。決めるも何もあったものではない。

 しかし、ここでグランツを除け者にしては彼の味方は誰も居なくなる。それは幾ら何でも可哀想だ。


 どちらの言を取るか決めかねていると、ふと倒れた茂みの奥に大きな影が見えた。

 ――あれはジャイアントボアだ。


 グランツが言うには彼らは気性が荒く、テリトリーに入ってきた敵には容赦なく襲いかかるという。

 つまり、こんな場所で言い争いをしている場合ではない。


 ユルグがジャイアントボアの存在に気づいた直後、隣にいたエルリレオがいきなり腕を引いてきた。

 それと同時に全速力でこちらに駆けてくる巨体。


「あれはお主の客人だろう。相手をしてやったらどうだ」

「へっ! 言われなくても――」


 グランツが背中に背負っていた剣を抜いて、迫り来る魔物と対峙する。一瞬、背後にいるユルグたちを一瞥すると、斜め前へ踏み出した。

 流石にあのスピードで突っ込んでくる巨体を真正面から斬ろうなんて、馬鹿げたことはしない。剣を突き立てても轢き殺されるのが落ちだ。


 グランツが剣を抜いたのを見計らって、エルリレオは杖代わりにしていた木の枝を使って、丁度グランツとユルグの間に線を引いた。

 その動作を目にしてユルグもこれから起こるであろう事に身構える。


 眼前には勢いを殺すことなくこちらに突っ込んでくる獣の姿。

 ユルグがそれを一瞥した瞬間――


 ――〈プロテクション〉


 魔法で張り出された透明な壁に阻まれて、ジャイアントボアの進撃はぴたりと止まってしまった。

 強固な壁にぶつかった衝撃で、ボアは鼻頭がひしゃげて白目を剥いている。

 間髪入れずにグランツが剣を一閃すると、呆気なく巨体から頭が転げ落ちた。


 一瞬のうちの出来事に、ユルグはただ身構えていただけだった。

 勿論、ユルグも素人ではない。必要に駆られれば対処はするが今回はそれすらも無意味だったのだ。

 グランツの剣技も、エルリレオの魔法もどちらも申し分もなく冴えている。

 特に感心したのが、エルリレオの魔法だった。


 今しがた使ったプロテクションの魔法は、目の前に魔法の障壁を張るものだが扱いがかなり難しい。魔法を使うだけならユルグにも可能だが、問題はそれを使用するタイミングだ。


 この手の魔法は攻撃を防ぐために用いるものだが、危険が迫っている場面で扱うにはかなりの集中を要する。それに加えて魔法の効果はそれほど長くはない。もって二、三秒が限度だ。長い時間使い続けるには重複して効果時間を引き延ばす他はない。


 先ほどのプロテクションは、ボアが迫ってくるドンピシャのタイミングで張り出された。

 実に無駄のない動きだった。それを事も無げに披露したエルリレオに、ユルグは惜しげもなく尊敬の眼差しを向ける。


「ざっとこんなもんよ!」

「吠えてないでさっさと他も処理せんか。後がつかえておるぞ」


 グランツを窘めるように、エルリレオが木の枝で奥を指す。

 先ほどのボアが駆けてきた奥には新たに数頭の影が見えていた。


「突っ込んでくるしか能のない奴らだから、さっきの要領でやりゃあ楽勝だろ」

「儂は手伝わんぞ。お主の尻ぬぐいをするなんて御免だからのう」


 豊かな顎髭を撫で付けながらエルリレオが放った一言に、グランツは呆気に取られていた。


「そっ……そりゃあないぜ」

「――さ、儂らは一足先に宿に戻るとするか」


 ユルグの腕を引いて、エルリレオは摘んであった薬草の入った籠を持ち直した。

 グランツからは引き止めるような視線が突き刺さってくる。


「ええと……そういうことだから、頑張って」


 苦笑して、グランツへ言葉をかけるとユルグはエルリレオの方へと身を寄せた。

 それを見て、ショックを受けたように声を詰まらせる。

 珍しいグランツの様子にエルリレオは可笑しそうに笑っていた。


「ま、これに懲りたら日頃の行いを改めるのだな」


 何を思って彼がそんな言葉をかけたのかは知れない。けれど、言い返してこないあたりグランツにも思うところはあるみたいだった。




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