少年の小さな冒険 2
手を差し伸べてくれた彼は、ヨエルの顔を見ると驚いた様子で瞠目した。
「ああ、君はこのあいだ会ったね」
「ええと……狩人のおじさん!」
「そうそう。狩人のおじさん」
狩人のおじさんこと、ルフレオンは笑って答えた。
彼はヨエルに手を差し伸べると、挨拶もそこそこに疑問を口にする。
「ところで、君はどうして帝都にいるんだ? 確か……シュネー山の反対側に住んでいるって聞いたけど」
「フィノと一緒に来たんだ」
「ああ、なるほど」
ヨエルの返答にルフレオンはキョロキョロと辺りを見渡した。
「それで、どうしてひとりでいるんだ?」
至極当然な質問に、ヨエルはどきりとした。
どう答えようか悩んでいると、彼はもしかして……と声を潜めて尋ねる。
「迷子になった、とか?」
「ちがうよ!」
「え? ああ、ちがうか……じゃあなんだろうな」
まだ十歳の子供が、帝都の城下町を一人でうろついていたら誰だって疑問に思う。それが知り合いともなれば尚更だ。
このままだと根掘り葉掘り聞かれそうだと危惧したヨエルは、思案するルフレオンを放って先に質問をする。
「おじさんはどうしてここにいるの?」
「私かい? 帝都におつかいにきたんだよ」
そう言って、ルフレオンは傍に建っている武器屋を見上げて答えた。
「腕の良い鍛冶師がいると聞いて、直して欲しいものがあってきたんだ」
「そうなんだ」
「でもなあ。その鍛冶師がちょうど留守にしているみたいで、私も困っていたんだ」
お手上げだとでも言うように肩を竦めて見せた彼は、本当に困っているようだ。
「その人が戻ってくるまで、待ってたら?」
「うん。そう思って行方を聞いたら別の街に出張に行っているみたいでね。戻ってくるのは一月後らしい。このまま家に戻ったら妻に叱られてしまうよ」
ルフレオンは顔を青ざめながら、しょんぼりと肩を落とした。
どうやら彼も彼で大変な状況にいるらしい。
「大人でも叱られるんだ」
「もちろん! だから叱られないようにどうしようか考えてたところに、偶然にも君と出会ったわけだ」
そこまで話して、ルフレオンは再三の質問をした。
「それで、君はどうして一人でこんな所にいるんだ?」
まっすぐに見つめてくる眼差しから目を逸らして、ヨエルは言葉に詰まる。
どうして一人でいるのか。その理由を話すのは、悲しいやら情けないやらで本当なら話したくはない。けれどルフレオンはヨエルを心配してくれているのだ。
だったら、とヨエルは全てを打ち明けることにした。
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「なるほど。喧嘩して、酷いことを言ってしまったと」
「うん……だから、ちゃんと謝りたい」
「うんうん、そうか。えらいなあ」
笑顔でルフレオンはヨエルの頭を撫でた。
いきなりのことに困惑しているヨエルを置き去りにして、彼は撫でていた頭から手を離すと、勝手に話を進めていく。
「そういうことなら、おじさんに任せてくれ」
「えっ?」
「君はアンビルまで行きたい。けれど、子供一人じゃ馬車に乗れないし、馬車代も足りない。私は妻に頼まれたおつかいを終わらせないと帰れない。だから、鍛冶師の出張先であるアンビルに行かなくちゃいけない。君にはとっても都合がいいわけだ」
ルフレオンはうんうんと一人で頷いているけれど、彼にとってそこにヨエルを割り込ませるメリットがない。どう考えても子供のヨエルは荷物になるし、彼だって一人で向かった方がいいに決まっている。
「ぼく、お金これしかもってないよ。ほかにお礼できるもの、何もない」
「ああ、いいんだよ。気にしなくてもいい」
ヨエルが遠慮がちに言うと、彼は優しげな声音で諭すように言った。
「君がアンビルまで行くんだったら私も都合がいいんだ。正直言って、鍛冶師だけの為に遙々遠方まで行くのを渋っていたんだよ。おつかいだって一ヶ月後にまた帝都に来ればいいだけの話だからね」
でも、とルフレオンは続ける。
「君が困っているなら話は別だ。ここで会ったのも何かの縁だと考えよう。君をアンビルまで送り届けて、ついでにおつかいも済ませる。うん、何も問題はないね」
「……それでいいの?」
「もちろん! 話し相手もいるから道中退屈しなさそうだ」
そう言って、ルフレオンは笑って答えた。
その笑顔に、ヨエルは彼に甘えることにした。せっかくの好意を無碍にしたらそれこそルフレオンに申し訳ない。
「じゃあ、いっしょにいこう」
「よし、そうこなくちゃな!」
上機嫌なルフレオンはヨエルの手を握ると歩き出した。
予想外な旅の道連れを得て、少年の小さな冒険はここから始まるのだ。




