少年の小さな冒険 1
そうと決まればと、ヨエルは急いで計画を練る。どうすればフィノに会えるのか。当てずっぽうで行動しても、土地勘のない帝都からは出られないはずだ。
だから、今まで見て聞いたことを総動員してヨエルは考える。
「ええっと……たしか、アンビルってところにいくって言ってた、から……」
背嚢から地図を取り出すと、それをテーブルに広げる。
フィノの向かった場所は、帝都から南東に位置する街だ。目的地の目処が立ったところで、ヨエルは部屋の窓際まで小走りで駆けていく。
「馬車の停留所、から乗れる……あっ、あれだ!」
城下の町並みを眺めて、ヨエルは馬車の停留所がある場所を突き止めた。大通りから外れて街の外へ出る門扉の近くに馬を休ませる厩舎も見える。
ここに来るときに、フィノに馬車にどうやって乗るか、とか色々と質問していたおかげで、ヨエルは多少なりとも知識を持っていた。
フィノの話では、停留所に停まっている馬車はみな、乗り合いの馬車なのだという。国境の関所が目的地の馬車ならば、そのルート上にある街に立ち寄って客を集めてまた次の街へ寄るのだ。
どこまで乗せてくれる馬車なのかは、御者の人に聞けばいいとフィノは言っていた。人見知りをするヨエルには少し難しいけれど、頑張れば出来なくはない。
問題は馬車賃である。一応、フィノからおこづかいをもらっているけれど、財布に入っているのは二百ガルド。馬車代がこれで足りるかはわからない。もし足りなかったらヨエルの計画はそこで終わりだ。
それでもヨエルの気持ちは既に決まっていた。
フィノは危険な場所に行くと言っていたのだ。彼女の身に何かあったら、それきり一生会えなくなる。それがあんな最悪な別れ方なんて、絶対にイヤだ!
太陽が真上に昇ってきた昼時に、ヨエルは城下町へ繰り出すことにした。
背嚢の中身を整理して、マモンを入れられるスペースを作る。少しだけ窮屈だけど、マモンだけをひとり残してはいけない。
「狭いけどがまんしてね」
何をどれだけしても一向に起きないマモンを背嚢に入れて、それを背負うとヨエルは部屋に書き置きを残す。
勝手にいなくなっては、フィノの友達であるアリアンネが困るからだ。
フィノを追いかける旨を、拙い字で書き残してヨエルは客室を出た。
「うあっ、」
けれど、意気込んで部屋をでたヨエルの眼前には、城の兵士が佇んでいた。
彼はずっと部屋の前にいたらしい。突然荷物を持って出てきたヨエルに、兵士の彼は不思議そうに尋ねてくる。
「どうしたのかな?」
「うっ、……つまらないから遊びに行こうとおもって」
「そうか。それじゃあ私が城下を案内しよう」
「えっ!?」
「皇帝陛下から客人へ粗相の無いようにと言われていてね。観光案内も仕事のうちなんだ」
「い、いいよ。いらない!」
「まあまあ、そんなこと言わずに」
あれよあれよという間に、ヨエルは兵士に手を引かれて歩かされる。
考えても見れば、フィノがヨエルのことを独り放っておくわけはない。アリアンネに宜しく頼むと話を通しておいたのだ。
そのせいで、早くもヨエルの計画は頓挫しそうになる。
けれど諦めるのはまだ早い!
どうにかして兵士の手を逃れて、馬車の停留所まで行けさえすればなんとかなるはずだ。幸い、兵士の彼はヨエルを子供だと侮っている。人見知りで気の弱い子供だと油断している。監視の目はそんなに厳しくはなさそうだ。
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兵士に連れられて大通りまで向かうと、何やら周囲が騒がしいことに気づく。
「何やら騒がしいね」
「うん……なんだろ」
「ふむ……最近は戦争のせいで治安も悪化しているからね。見回りの兵も他に割かれているし、人手が足りないんだ」
そう言って、彼は仕方ないなとひとりごちた。
「少し様子を見てくるから、君はここで待っていてくれ。すぐに戻ってくるからね」
「うん」
頷くと兵士はさっそく現場へと向かっていった。彼にはとても悪い事をするけれど、これは絶好のチャンスだ!
ヨエルはすぐさま大通りから外れると、街の出口にある馬車の停留所へと向かった。少し道に迷って、やっとのことで停留所まで辿り着いたヨエルは早速、馬車を運行しているであろう係の人に尋ねる。
「あの……」
「なんだい?」
「アンビルってところに行く馬車、ありますか」
「ああ、それなら今準備中だよ」
「お、おかね! これで足りる!?」
財布を取り出して男に見せると、彼は渋い顔をしてヨエルにそれを突き返した。
「残念だけど、少し足りないなあ」
「うっ、やっぱり……」
どうやらヨエルの予想は的中してしまったみたいだ。今の手持ちのお金ではアンビルまではいけないらしい。
しょんぼりと肩を落としていると、男はところで、とヨエルに質問をしてきた。
「きみ、ひとりで馬車に乗るつもりだったのか?」
「うん」
「そうか……だったら金があっても乗せられないな」
「えっ、なんで!?」
突然の男の返答に、ヨエルは驚愕する。どうしてだと聞くと、彼は懇切丁寧に答えてくれた。
「最近は色々と物騒でね。運行している道中でも野盗に襲われることもままあるんだ。そんな危険な移動に子供一人は危なすぎて、少し前から保護者同伴でないと馬車に乗れない決まりになったんだ」
「そうなんだ……」
「保護者同伴なら、子供の料金は取らないからきみでも乗せてやれるんだが……その様子だと難しそうだ」
苦笑して男はそういうことだから、と手を振った。追い返されたヨエルはとぼとぼと来た道を戻る。
例え金があったとしても子供一人では乗れない。そう言われてしまえばそこでおしまいである。
マモンさえ起きてさえくれたなら、あの厳つい鎧姿で保護者代わりも出来たかもしれない。しかし、今はそれも叶わない。流石に眠りこけている犬を保護者だと言い張るのは頭がおかしいと思われてしまう。
完全に詰みの状態に、ヨエルはどうしようか考えながら大通りを歩く。
あまり気は進まないけれど、アリアンネにお願いしてみるという手もある。けれど、彼女はヨエルのお願いを聞いてくれないだろう。
フィノに頼まれたのだから、わざわざヨエルをフィノの元へと送り届けるわけがない。それに、なんだかあの人は好きになれないのだ。笑っているけれど、その笑顔がなぜか少しだけ恐ろしくも感じる。
気のせいかもしれないけれど……それでも、きっとフィノのようには接することは出来ないだろう。
とはいえ、何の手段もなくなったヨエルにはこれ以上何も出来ない。
大人しく王城へと戻ろうとうつむき加減で歩いていると、不意にドンッ――と誰かが正面からぶつかってきた。
「あっ、……ああ、ごめん。前を見て歩いてなかった。怪我はない?」
そう言って手を差し伸べてくれた人は、見覚えのある人物だった。




