静寂の後
王城へとヨエルを残して、フィノは目的地である虚ろの穴へと向かう。
しかしフィノの心を占めているのは、どんよりとした暗い気持ちだった。無意識に出てくる溜息を飲み込んで、空元気で前を向く。
ただでさえ、ヨエルを独り残していくことに不安を感じているというのに、別れ際に彼を怒らせてしまった。そのことをフィノは後悔している。
結局、ちゃんと謝ることは出来なかったし弁明しようにも取り合ってくれないまま。あの状態では時間をおくのが正解だとフィノは判断した。だから当初の予定通り、帝都を発ったわけだけれど……胸のもやもやは消えてはくれない。
「ぜんぶ終わったら、お土産でも買っていこう」
ご機嫌取りだが、何もないよりはマシである。それに時間をおけばヨエルだって少しは冷静になって話くらいは聞いてくれるはず。
それよりも、今は目先のことに集中すべきだ。フィノがこれから成すことには失敗は許されない。
前代未聞、未知の大穴の底に向かうのだ。慎重を期して臨まなければ。まだ幼いヨエルをひとりぼっちには出来ないのだから。
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フィノが出て行って、ひとり取り残されたヨエルは被っていた毛布から顔を出すと、恐る恐る室内を見渡した。
すでに誰の姿もない客室には、ヨエルと眠っているマモンだけだ。
そのことに少しの安堵と、得体の知れない不安を感じる。去り際にフィノが見せた悲しそうな様子が、どうにも頭から離れないのだ。
さっきは感情が先走ってフィノに酷いことを言ってしまった。マモンを傷つけたことは許せないけれど、よくよく考えてみればフィノは何の理由もなくそんなことをする人じゃない。何か理由があったのだ。
その結論に至ったのは、フィノが帝都を出て数時間経った頃であった。
「謝ったほうがいいかなあ」
ぽつりと呟いた声が静寂に響く。それに応えてくれる声はどこにもなく、まだ幼い少年は途方に暮れた。
「ねえ、マモンはどうおもう?」
未だ眠っているマモンに声を掛ける。しかし彼はそれに応えもせずに、微動だにしない。身体を揺すってみるが、何をしてもマモンが起きることはなかった。
「マモン?」
今までにない様子に、ヨエルの不安はますます募っていく。
眠っているマモンは寝息をたててはいるので、死んでいるということはない。けれど、突如として独りきりになってしまったのだ。
見知らぬ土地で知り合いなんて殆ど居ない。加えてヨエルは人見知りだ。
フィノが戻ってくるまで、まだ八日以上ある。マモンもいつ起きるかわからない。そんな状態で、ひとりぼっちでいることなどヨエルには耐えられるものではなかった。
「ううっ、どうしよう……」
さっきまでフィノに怒っていた気持ちなど、今では欠片も残っていない。
不安に押し潰されそうになりながら、ヨエルはどうしたらいいのか。懸命に考えた。そして出した答えは……数時間前に帝都を出たであろうフィノを追いかけること、だった。
マモンがこれを聞いたならば無謀だと断じていただろう。しかし、今のヨエルを止めてくれる者は誰もいない。
彼がこの考えに至ったのは、先ほどの口論に引け目を感じていたことも関係している。相手のことも考えずに、自分のことばかりで当たり散らしてしまった。
もしこれをエルリレオが聞いていたのならば、大目玉を食らっていたことだろう。ちゃんと相手の事を考えてから言葉を選びなさいと、よく言われたものだ。
しかし、そんなことは齢十歳の少年には難しい。出来なくて当たり前である。
それでも自分の過ちに気づいて反省できるのは、この歳の子供にしてみれば大人びている部類には入る。
とはいえ、全てが後の祭りであることには変わりない。それを理解しているからこそ、ヨエルはどうにかしようと必死になった。




