親愛の移ろい
あとがき追加しました。
一段落ついたところで、心ゆくまで遊んできたヨエルがフィノの元へと戻ってきた。
「おはなし終わった?」
「うん」
ヨエルは椅子に座ると冷めてしまったお茶を啜る。
テラステーブルに置いてあった焼き菓子を美味しそうに頬張るヨエルを見つめて、フィノは今後の事を話す。
「明日から遠くに行くことになって。だから……ヨエルにはここで待っててほしい」
「え、……ええっ!?」
いきなりのフィノの話にヨエルは目玉をひんむいて叫び声を上げた。
「な、なんで置いてくの!?」
「危ない場所に行かなきゃいけない。ここにいた方が安全だから」
「……おしごと?」
「うん、ごめんね」
寂しそうな顔をするヨエルに、フィノは申し訳なく思った。
普段のヨエルからは想像出来ないが、彼は寂しがり屋なのだ。本当は誰かと一緒に居たい思っている。以前の家出騒動で、フィノはヨエルが隠していた本当の気持ちに気付けた。
あれ以来、出来るだけ独りきりにしないように気をつけてきたけれど……今回ばかりは一緒には連れて行けないのだ。
フィノが守ってやれば良い話だが、そこに絶対守れるという確証はない。だったら数日間、ここで待っていてもらった方が安心だ。
「フィノ、忙しいもんね。しかたないよ」
自分に言い聞かせるように呟くと、ヨエルはぐびっと冷めたお茶を飲み干した。
「どれくらいで戻ってくるの?」
「ええっと、早くて八日かなあ」
アルディア帝国に存在している虚ろの穴は、アンビルの街の近くにある。帝都からそこまで行くにはフィノがどれだけ急いでも四日はかかるのだ。
馬車を使っても十日かかる距離で、片道四日は驚異的なスピードであるが……それ以上はどうあっても短縮できない。
それに加えて、あの街の周辺は魔物の被害が多いと聞く。そこで何か問題が起きればさらに予定はズレてしまう。
八日以上かかるかも、とヨエルに伝えると彼は落胆したように顔色を曇らせた。
「ずっと待ってるの、ひまだなあ」
「よろしければ、わたくしと観光でもどうですか?」
「う……おねえちゃんと?」
突然のアリアンネの提案に、ヨエルは身構えた。
皇帝陛下自らが観光案内とは、滅多に出来ない経験である。しかし、ヨエルにとってはそんなことはどうでも良いようだ。
「い、いいよ。フィノが戻ってきたら一緒に行くもん!」
「そうですか。振られてしまいましたね」
微笑ましげに笑ってアリアンネは肩を竦めてみせた。
二人のやり取りを見つめて、フィノは内心驚いていた。まさかヨエルがあんなことを言うなんて、思ってもいなかったのだ。
ひとり感動していると、そんなフィノを見遣ってアリアンネは席を立った。
「そろそろ公務に戻るので、これで失礼しますね」
「ん、ありがと」
「客室は滞在中に自由に使えるように計らっておきますので、後で案内させます」
それだけを告げると、アリアンネは庭園から出ていった。
ふと空の彼方を見ると、夕焼けが地平線から顔を出している。
「そういえば、ご飯何もたべてないね」
「ぼく、おなかすいた」
「暗くなるまで、少し見てまわろっか」
「ほんと!?」
フィノの提案にヨエルはとても嬉しそうだ。聞くや否や時間が惜しいとでも言うように、彼はフィノの手を掴むとグイグイと引っ張る。
「はやくしないと夜になっちゃう!」
「ああ、そんなに急ぐとあぶない」
注意してもヨエルは聞く耳を持たない。目の前にある、はじめてのものに興味津々なのだ。もう何度目かのそれに、フィノは苦笑して後を追いかけるのだった。
ここから先はシリアスな話が続く予定なので、その前に追加エピソードを番外で数話書いていきます。更新箇所は第一部のエピローグ前になります。




