統治者の素質
少しの沈黙の後、アリアンネは気分を変えるように隠していた笑顔を表に出して、フィノに子細を尋ねた。
「それで、本日はどんな用件で来たのですか?」
「ん、アルヴァフのことなんだけど……」
特使として交渉しに来た旨を伝えると、アリアンネはなるほど、と腕を組んで思案する。
「どこも問題が絶えませんね」
「なんとか出来る?」
「聞き入れてあげたいのはやまやまなのですが……アルヴァフへの支援の件、こちらでも物議を醸しているのです」
アリアンネの話によると、戦争によって国内は疲弊しているのに他国への援助をしている余裕はないと反発が強まっているのだという。
フィノもそれはもっともな意見であると思った。自国が大変な時に余所に構っている場合ではないのだ。
「んぅ、難しいね」
「そちらの提案を鵜呑みには出来ませんが、妥協していただけるのなら手はありますよ」
「妥協?」
「表向きはそちらの言い分で構いません。しかし秘密裏に支援を継続するならば、期限を設けてもらいたいのです」
アリアンネの代案は理に適ったものだ。双方の主張を加味して上手く折り合いをつけている。
これならばアルディアでの反発も抑えられるし、アルヴァフもすぐに窮地に立たされることはない。支援を打ち切られた後は自分たちでなんとかするしかないが、アルディアからの金銭的な援助がなくなっても友好関係が解消されるわけではないのだ。
これにはフィノも大いに感心した。流石、一国を治める主だ。アリアンネは交渉というものを存分に心得ている。
レルフも交渉下手というわけではないが、彼の場合は年寄りの含蓄が功を奏している。長年培った経験則もあって、相手が何を望んでいるのかある程度予測出来るのだ。
けれど、アリアンネに限ってはもっと別の凄みがあるような気がする。誰を前にしても強かだし、物怖じしない。統治者の素質というものがあるのだ。
フィノには欠片もない才能に、少しだけ羨ましくもあり恐ろしくもある。
「わかった。でも、レルフに確認しなきゃ」
「ではわたくしから書簡を出しておきましょう。これでこの件は解決しましたね」
にっこりと笑みを深めたアリアンネは、休む暇も無くフィノにあることを依頼してきた。
「折り入って頼みがあるのです」
「んぅ、なに?」
「現在、デンベルクとの小競り合いは、国境付近で行われているのです。本来ならばそこに兵を割きたい所なのですが……他に手を煩っている案件があって」
アリアンネの憂慮は、増え続ける魔物の脅威であった。
特に虚ろの穴があるアンビルの街の周辺は魔物の襲撃も激しく、兵力も武器も半分持っていかれている状態らしい。
それをどうにか改善できれば一気に攻勢に出られるのだとアリアンネは言った。
「魔物退治してほしいってこと?」
「一時凌ぎを望むならそうなのですが……本音を言えば、根本的な解決をしたいところですね」
彼女の発言は、遠回しに溢れている瘴気をどうにかして欲しいと言っている。長年その研究をしているフィノに、どうにか解決の糸口を見出して欲しいと考えているのだ。
少し前のフィノならばアリアンネの憂慮に暗い顔をしていただろう。しかし、今ならばどうにか出来るかもしれない!
「いいよ! 元々、そのつもりだったから」
「え?」
予想外のフィノの答えに、アリアンネは珍しく驚愕を露わにする。瞠目して呆けた表情をする彼女に、フィノは背嚢から長年の研究成果である魔鉱塊を取り出してテーブルに置いた。
「……これは?」
「匣と同じようなもの」
原理は同じだと説明すると、アリアンネは興味深そうに魔鉱塊を見つめた。
これを溜まっている瘴気をすべて無くせるほどに量産すれば、あの場所に出現する魔物の数も抑えられるはずだ。
けれど、フィノはそんな遠回しな作戦を実行しようとは考えていない。
あの大穴の底に解決策があることはアリアンネも周知のことだ。
今回は特使の仕事と、それを確かめる為にこうしてアルディアまで馳せ参じたのである。
「でも、あの場所にヨエルは連れて行けない。だから私が戻ってくるまで、ヨエルのことお願いできる?」
「構いませんよ」
アリアンネは二つ返事で了承してくれた。
彼女の元ならばヨエルも安全だ。後顧の憂いを絶った所で、フィノは一人遊びの興じるヨエルを見つめて決意を固める。
未知への挑戦、これだけは絶対に失敗出来ない。してはいけないのだ。




