帝都来訪
帝都ゴルガへ出発したのは、それから一日後であった。
本当ならば、充分な数の魔鉱石を準備してから向かいたかったが、あまりにもヨエルが急かすからフィノが根負けした形になる。
とはいえ魔鉱石へのエンチャントはそれほど複雑な手順でもない。向かいながらでも出来るので材料だけ背嚢に詰めて、フィノはアリアンネの元へ向かう事にした。
道程は最短距離――シュネー山を越えて北側から向かう。帝都までは五日ほど掛かるがフィノがヨエルを背負って飛んでいけば、二~三日で着くだろう。
「ねえ、帝国ってどういうところ?」
「大きな国で人がいっぱいいるよ」
「アルヴァフよりも!?」
「うん、そうだね」
道中、これから行くアルディア帝国に興味が尽きないヨエルは、フィノを質問攻めにする。
ラガレットが併合されてから、一応ヨエルの住んでいるシュネー山近辺もアルディア帝国領になる。
とはいっても、帝国の影響力というのは微々たるものだ。反発を抑える為に力づくの支配は行わなかったので、そこに住まう民にしてみれば国が変わってもあまり実感はなさそうである。
フィノに背負われているヨエルは、そんな状態で懐から地図を出して眺めながら、広大な国土に感嘆の声をあげる。
帝国の領土と比べると、ヨエルの過ごしていたシュネー山近辺はほんの少しの広さしかない。
「これ、みんな歩いて移動してるの?」
「ううん、馬車に乗るよ」
「ばしゃ!?」
それを聞いたヨエルは案の定、乗ってみたいと言い出した。
あまりにも背中でヨエルがはしゃぐものだから、前のめりになったフィノは転びそうになる。
「うっ、落ちるから。あまり暴れない」
「フィノは乗ったことある?」
「あるよ」
注意すると、ヨエルは大人しくなった。けれど、それと入れ替わりでまたもや質問攻めにされる。
シュネー山を含む北方の地域は雪も降るし山脈地帯でもあり足場が悪い。行商の馬車は通るけれど、一般の交通手段としては普及していないのだ。いわずもがな、殆ど外に出たことがないヨエルは乗ったことなどない。
だからこそ、ヨエルの食いつきがこんなにも良いのである。
「いいなあ。ぼくも乗ってみたいなあ」
「急いでるから、今度ね」
「ええーっ、そんなあ」
背中で残念がるヨエルを尻目に、フィノは街道脇の木に登って跳躍移動を再開する。
そうすると、先ほどまでおしゃべりだったヨエルは口を噤んで大人しくなった。そうしないと舌を噛んで痛い思いをするからだ。
しかし、あまりにも強請るヨエルに根負けしたフィノは、帰りならいいよ、と約束をしてしまう。
アルディアの街と街の間に馬車は通っているので、ヨエルのお願いは叶えてやれる。でも陸路を行くとなるとかなり時間が掛かるのだ。ヨエルはそれを知らないから呑気な事を言っている。
とはいえ、子供の夢を壊してしまうのはあまりに無粋だ。結局フィノは、なんだかんだで甘やかしてしまうのだ。
===
帝都に着いたのはそれから二日後のことだった。
城下の町並みを見つめて、瞳を輝かせるヨエルとは違い、フィノは物憂げな表情を浮かべる。
「ひといっぱいだ!」
「うん、でも昔よりは少ないね。戦争のせいかな」
昔は昼間であれば人がごった返す程に溢れていたものだ。普段はそんなに感じる事は無いが、こうして目の当たりにすると長引く戦争の悲惨さが伺える。
少し覗いてみれば店売りしている商品の値段も辺境の街よりも倍の値段が付けられている。他よりも物の流通がある帝都でこれでは、他の街ではもっと酷いとみて良いだろう。
フィノが帝都に滞在していたのは、戦争が激化する前の話だ。その時と比べると状況は悪化の一途を辿っている。
「ねえ、どこいくの?」
「あそこだよ」
眼前に聳える王城を指すと、ヨエルは怪訝そうに目を細めた。
「ええ、あそこお城だよ?」
「皇帝陛下に会いにきたからね」
「皇帝って、一番偉いひとだよ?」
何言ってるの、とヨエルから疑惑の眼差しが注がれる。
用事があるからと一緒に連れてきたけれど、ヨエルにはフィノが帝都に赴く理由を話していない。
だからフィノがここで誰に会うのかも、何の用事があるのかも彼は知らないのだ。そもそも、ヨエルはフィノの友好関係について何も知らないから、こうして不思議がるのも無理はない。
「ともだちだからね」
「ええ、うっそだあ」
説明してもヨエルは信じてくれなかった。
それに苦笑して、フィノはヨエルの手を引くと城下の町並みを眺めながら、王城へと向かう。




