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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第三章
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幸福な夢 1

誤字報告ありがとうございます。

 

「ほんっとうにサイアク! なんなのアイツ!?」


 テーブルを挟んで何やら腹を立てている人物を目にして、ユルグはギョッとした。

 彼の目の前に座っているのはカルラで、烈火の如く怒っているからだ。


 意識がふわふわと掴み所がなく、いつになくぼうっとしている。まるで寝起きのように頭が冴えない。


 一度頭を振って、ふと周囲を見回すと、どうやらユルグいる場所は街の食事処であることが伺えた。活気のある話し声や笑い声がどこからともなく聞こえてくる。

 見たことがあるような景色に頭を悩ませていると、そんなユルグに痺れを切らしたのか。カルラが噛みついてきた。


「ちょっと、ユルグ。聞いてる!?」

「う、うん。聞いてるよ」


 口元に笑みを作って頷いてやれば、少しだけカルラの機嫌は持ち直した。


 しかし、何にご立腹なのか、ユルグにはさっぱりだ。

 カルラがこうして怒るのは珍しい事ではないのだが、今回は一段と激しい。

 マグに入っている果実酒を口に含みながら考えてみるが、やはりピンとこない。


 それとなく話を聞いてみると、カルラの怒りの原因はグランツにあるようだった。

 それもたいして珍しくもないことだ。何か問題を起こすとしたら彼しかいないのだから。


「せっかく長い野宿生活とおさらば出来ると思ってたのに、街に着いてちょっとしたらスッカラカンよ」

「……またかあ」


 この手の問題は何も初めてではなかった。

 グランツは街に着くと必ずと言って良いほど、娼館に通って金を浪費するのだ。

 だったら金を渡さなければ良いのだが、そうすると自分の剣や鎧を質に入れてまで金を確保してしまう。つまり、まごう事なきクズなのである。


 こうして旅を続けるにあたっての路銀は、行く先々の街にある冒険者ギルドでグランツが大半を稼いで来るので口煩くは言えないのだが、それにしたって限度という物があるじゃないか、とカルラは言う。


「別に少しなら良いのよ。旅は大変だし息抜きも必要じゃない。問題はこの街で揃えようとしてた装備代も全部使っちゃったってこと!」


 グランツには、既にみんなが愛想を尽かしていた。何かやらかしても、またか程度で済んでしまう。けれど、今回ばかりはそうもいかないみたいだ。

 装備や備品を整える金がなければ旅は続けられない。死活問題なのだが、当の本人にはその自覚がないらしい。


「でも仕方ないんじゃない? だってグランツだし」

「もう、ユルグもエルと同じこと言うんだから! 仕方ないけれど、私の怒りは収まらないのよ!」


 久々の街での休息に、カルラも喜び勇んでいたそうだ。

 美味い飯に柔らかな寝床。野宿生活を続けていれば、同然恋しくなるというもの。


 聞けば、目の前に並んでいる食事も今夜の宿代も、カルラのへそくりから捻出したものらしい。

 それだったら仕方ないの一言で片付けられる問題ではない。


「そういえば、エルは?」

「エルなら少しでも金の足しにするって、街の傍にある森に出掛けて行ったわよ。そんなことしなくても、ツケはグランツに払わせれば良いのよ。元はと言えばアイツのせいなんだし」


 ――真面目なんだから、とカルラは嘆息した。


 エルリレオは森で隠居していたため、薬草学にも精通している。

 回復魔法といっても万能ではないから何かと薬に頼る場面も多い。どこに行っても需要があるのだ。

 ユルグも以前、エルリレオに習ったが薬草の見分けが全く付かなくて断念した。覚えられれば便利なのだが他にも覚えることは沢山あるのだ。

 エルリレオには、後でまた教えてくれと保留にしてある。


「俺も手伝ってこようかな」


 腰を浮かしたユルグだったが、カルラが腕を伸ばしてそれを阻止してきた。


「いかないでえ」

「……カルラ、酔ってるだろ。そろそろ宿に戻ったら?」


 ユルグの提案にカルラはいやいやと頭を振る。

 彼女はそれほど酒に強くない。果実酒一杯飲んだだけでも酔っ払う。先ほど注ぎ足していたから既にキャパオーバーだ。


「部屋まで送っていくから」


 苦笑しながら肩を貸すと、カルラは渋々それに従った。

 ふらふらと蛇行する足取りを支えて店を出ると、外はまだ明るい時間帯だ。どうやら昼間から酒浸りだったらしい。

 グランツといいカルラといい、ユルグの仲間は厄介な人間が多い。

 それでも、悪い人たちではないのだ。


 カルラを宿の部屋まで送り届けたユルグは、その足でエルリレオがいるであろう森まで向かう。

 しかし、その道中で娼館帰りのグランツと鉢合わせてしまった。


「ユルグか。お前、ちょっと付き合えよ」

「いや、俺は」


 ――用事がある、と言ってもグランツは聞き入れなかった。


 首根っこを掴まれて逃げだそうにも上手くいかない。

 諦めて溜息を吐き出したところで、何をしていたのかグランツに問うことにした。


「どこに行ってたんだよ」

「どこってそりゃあ、分かるだろ。息抜きだよ。今度お前も連れてってやろうか?」

「いいよ、そんなの」


 ユルグの拒絶にグランツは鼻で笑った。


 そんな所に通わずとも問題はないし、これ以上厄介ごとを持ち込めばカルラに黒焦げにされかねない。


「カルラ、ものすごく怒ってたよ。謝らなくて良いの?」

「あいつの怒りが俺の謝罪で収まるとでも思ってるのか? そんな言葉よりも行動で示す方が後腐れもないってもんだ」


 そう言ってグランツは冒険者ギルドの看板を見上げた。


「こいつで稼げば使った分は耳を揃えて返せるぜ」


 得意げに告げて、グランツは冒険者証を懐から取り出した。

 首に提げていたそれは金のプレートだ。確か、上から二番目のランク付けだったように思う。


 ギルドで受けられる依頼はランクが高いほど報酬も良いものが受けられる。

 冒険者の多くは野心的な人間が多い。実力をつけて待遇の良い王都の衛兵に就くのを目標にしている者は多いのだ。


 グランツはそういうのには興味がないらしい。現に冒険者をやっているのも金稼ぎが主である。


「ということで、お前は少しここで待ってろ。依頼受けてくるからよ」


 有無を言わさずの勢いでグランツは冒険者ギルドに入っていってしまった。


 面倒なのに捕まってしまったが、魔物を討伐するのには危険が伴う。

 グランツならば一人でもなんとかなるだろうが、一人よりも二人の方がリスクも少ないだろう。


 カルラならば「自業自得なんだから手伝わなくても良い」とでも言いそうだ。

 けれど、なんだかんだ言いつつもユルグも日頃グランツには世話になっている。恩返しでもないけれど、見捨てるのは忍びない。


 しばらくするとグランツが依頼書を片手に冒険者ギルドから戻ってきた。


 詳細を見ると、グランツが受けた依頼は街の近くの森での魔物退治であった。

 ちょうどユルグもその森へ行こうとしていた所だ。


 当初と目的は少し変わってしまったが、それほど時間も経っていない。今から向かってもエルリレオと入れ違いにはならないだろう。


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