目に見える信頼
――早朝。
誰よりも先に目を覚ましたのはフィノだった。
ベッドの端からずり落ちそうになっているカルロを叩き起こして、身支度を済ませると子供たちを起こす。
それから皆で朝食を摂りに城の食堂に向かう。
「今日はなにするの?」
テーブルに着いて、カリカリに焼いたパンにバターと甘い蜜を塗りたくったトーストを頬張りながらヨエルはフィノへと尋ねる。
彼の横ではレシカも同じようにパンに齧り付いていた。
手に持っていた肉叉を皿の上に置いて、フィノはその質問に答える。
「明日で帰るつもり。だから、今日はレシカの面倒を見てくれる孤児院を探すよ」
アルヴァフには身寄りの無い子供を引き取って世話をしてくれる孤児院が多くある。
ハーフエルフというものは親に棄てられたり売られたりする境遇の者が少なくはない。それ故に、まだ自力で生きていく術を持たない子供を保護して、成長するまで見守る事の出来る孤児院が多数あるのだ。
もちろん、その全てが健全であるとは……残念ながら言えない。孤児院には国から補助金が出る仕組みだ。それを利用して悪徳を働く輩もいるのが現状である。
だからこそ、しっかりと内情を確かめてから預ける必要があるのだ。
「前々からこの問題もどうにかしなきゃだったから、ちょうど良いかもね」
「カルロも手伝ってくれるの?」
「フィノだけで調べようにも何の肩書きもないと門前払いされるでしょ? 私が一緒ならそうならないってわけ」
胸を張って自慢するカルロは、実はこの国で三番目くらいに偉いのだ。普段の様子からは想像出来ないけれど、それなりに頭はキレるし頼りになる。実際、フィノも彼女を頼りにしている。
ユルグもカルロについては強かだ、と評価していたしお調子者で酒癖が悪くなかったら、とても尊敬できる人なのだ。
「じゃ、じゃあ……レシカとは少ししか一緒にいられないの?」
しょんぼりと肩を落として悲しそうな顔をするヨエル。
せっかく出来た友達と離れ離れになるのだ。心苦しいはずだ。それでも少しも泣き出さない所を見るに、以前のヨエルとは違うのだとフィノは感じた。
ここまでの旅で、心身共に成長したということだろう。
ヨエルの指摘にレシカも寂しそうに俯いた。昨日だってふたり一緒にいたし、別れが悲しいのは誰にだって分かることだ。
それにどうやってフォローしようかと悩んでいると――
「フィノの用事が終わるまで、二人で遊んでてもいい?」
予想に反する提案を、ヨエルはしてきた。
これにはフィノも、レシカも驚いたようだ。
本当は、孤児院の訪問には二人も連れて行くつもりだったのだ。子供を見知らぬ土地で野放しには出来ないし、迷子になったら大変である。傍に居なければ身の安全も保障できない。すぐ傍で守ることが、フィノのすべきことなのだ。
ずっとそう思ってきた。ヨエルにこんなことを言われるまでは。
「いいよ」
「っ、ほんとう!? やったあ!!」
すんなりと了承してくれたフィノの態度に、ヨエルは飛び跳ねて喜んだ。レシカも照れ笑いをして、嬉しそうだ。
「その代わり、危ないことはしない。知らない人には着いていかないこと。夕方までには部屋に戻ってくること。ちゃんと守れる?」
「うん!」
「わかった!」
元気よく返事をすると、早速ヨエルはレシカの手を取って椅子を飛び降りた。
既に彼の興味は美味しい朝食よりも、二人で何をして遊ぶかに変わってしまったようだ。
「お城の探検してくる!」
「いってきます」
バタバタと駆けていった後ろ姿を眺めて、カルロが愉快そうに笑みを零す。
「朝から元気だねえ。私はまだ頭痛いってのに」
「それは飲み過ぎ」
自業自得だと言うフィノに、カルロは苦笑してお茶を飲み干した。
「あれ、よかったの?」
「うん……何かあったらマモンもいるし、大丈夫」
実のところ、フィノはそれほど心配はしていなかった。もちろん不安がないわけではないが……ヨエルがあんな風に誰かの為に、自分から何かしたいとフィノに頼むことは初めてなのだ。それが良い事ならば尚更である。
フィノだって悲しい顔をされるよりは、ああやって笑ってもらえる方がいい。
「だから、今日は頼りにしてる」
「よし、任された! それじゃあ、これ片付けたら早速行こう。善は急げだ」
「うん」
カルロの号令に、フィノは返事をすると食べかけのパン切れを口の中に放り込んだ。




