ロクデナシの反面教師
カルロが語ったのはヨエルが産まれる前、十年ほど前の話だった。
「あの子ねえ、お兄さんのことが好きだったのよ」
「……おにいさん?」
「ああ、君の父親のこと」
さらりと言い放ったカルロの衝撃発言に、ヨエルは元より彼の隣でそれを聞いていたレシカも驚愕に声を上げた。
「恋バナってやつだ!」
「そうそう、それ!」
「じゃあ、フィノはヨエルのお母さんなの?」
「ちがうよ。そもそも、この子は合いの子じゃないでしょ」
酔いが回ってきているカルロは上機嫌に話す。レシカもその話に興味津々である。けれど、ヨエルだけが浮かない顔をして黙り込んでいた。
今のカルロの話を鵜呑みにするのなら、ヨエルが今までフィノに抱いていた思いが根底から覆されることになる。
以前、父親の事を聞いたときフィノは断片的に語ってくれた。ほんの少しだけだったけど……それを聞いてヨエルが思ったのは、フィノはヨエルの父親の事を嫌っていたのではないか、ということ。
彼女の師匠でもあったというが、思い出ならば父親の顔も知らないヨエルよりも多いはずだ。けれど決まってフィノはその話をするときはあまり良い顔をしない。
だから、二人の間には何か嫌なことがあって、それで嫌っているのだとヨエルは思っていたのだ。
しかし、カルロの話ではその真逆。好きだったというのだから驚きだ。
フィノは少しもそういった態度を見せなかったし、話もしなかった。好いている人のことを聞かれたのならば、嫌な気分になることは無いはずである。
ヨエルだって、マモンやエルリレオのことを聞かれたのなら嬉々として話すだろう。だって大好きな家族のことだ。怒って喧嘩でもしていない限り、誇りに思うのは当然のこと。
「それ、ほんとうなの?」
半信半疑でカルロに尋ねると、彼女はごくりと酒を嚥下してからヨエルの問いかけに答えてくれた。
「嘘じゃないよ」
「で、でも……今までそんな話きいたことないよ!」
「そりゃあ、秘密の話だもん。誰しも知られたくないことの一つや二つあるってこと!」
それを勝手に話してしまうのは、人としてどうなのだろうか。既に出来上がっている酔っ払いに注意しても聞き入れないだろう。
やっぱりダメ人間だ! と再認識していると、店の入り口に見知った姿を見つけた。
「ごめん、遅くなった」
酔っ払いと子供二人のテーブル席を見つけて、近付いてきたのは今しがた話題に上がっていたフィノだ。
それに気まずくなってヨエルは顔を背けてしまう。別に何もやましいことはないのだ。あからさま態度はかえって不自然に映ってしまう。
なるだけ平静を装っていると、あの話題を振ってきたカルロはいけしゃあしゃあと酒を注いでフィノへと手渡す。
「おつかれ」
「んぅ、ありがと」
酒を受け取ってフィノはカルロの隣に座った。
このまま何事もなく時間が過ぎていくと思っていたのに、酒を一口飲んだ後フィノは「そういえば」と切り出す。
「盛り上がってたけど、何話してたの?」
その瞬間、ヨエルとレシカはカルロをじっと見つめた。無言の眼差しに、彼女は気まずそうにごほんと咳払いをする。
「あー、ええとね。秘密の話をしてたんだよね」
「秘密の話?」
「うん……その、フィノの好きな人の話」
小声でのカミングアウトを聞いたフィノは固まってしまった。
しばらくすると、酒の入ったマグをテーブルに叩き付けてカルロに詰め寄る。
「な、なんで!?」
「あ、話しちゃダメだった?」
「な、だ……ダメじゃないけど! とっても恥ずかしい!」
「まあ、そうだよねえ」
途端に顔を赤らめたフィノを見て、カルロは悪びれた様子もなく笑っている。それでもフィノは怒り狂ってはいないみたいだ。
知られても良いけど恥ずかしさはある、ということみたいで、それを隠すかのようにマグに注がれた酒を一気に飲み干してしまった。
「他に何か話した!?」
「いんや、なにも。これ聞いたらヨエルがどんな顔するかなあって思ってね。悪ノリってやつ? 悪意があってやったわけではないよ」
さらっと告げたカルロの発言に、ヨエルは心の中で最低だ! と思った。
やっぱりエルリレオが言っていた事は正しかったみたいだ。酒飲みはロクデナシなんだ!
「最低だよ!」
「やっぱり悪い大人だ!」
フィノとレシカが声を揃えてカルロに抗議するも、彼女はどこ吹く風である。この剛胆さは逆に清々しいまである。
ロクデナシで悪い大人の見本を、ヨエルは心の奥深くに刻み込む。反面教師として、大人になった時に失敗しないように。




