のっぴきならない問題
執務室に二人きりになると、レルフはお茶を淹れ直してくれた。
それから、本題を話そうとする前に……フィノは先に口を開く。
「先に話しておきたいこと、あるんだ」
「うん? 何ですかな?」
「レシカのことなんだけど……」
険しい顔をして話し出したフィノの様子に、レルフは怪訝な眼差しを向ける。
「あの少女のことですか?」
「うん、ここに来る途中で助けた。……私の言いたいこと、わかるよね?」
「ええ……それはもう。重々承知しております」
面目ない、とレルフは頭を垂れた。
アルヴァフはハーフエルフの為の国である。それが、守るべき対象を人身売買のターゲットにされていると知っていながら、放置しているのだ。本来ならば許されざる所業である。
けれどそれをどうにかしようにも、手を拱いているのが現状だ。
奴隷商などどこにでもいるし、彼らにやめろと言っても聞きはしない。取り締まっても次から次へと現われる。焼け石に水である。
加えてこの国の性質上、同族を救わないという選択はあり得ない。彼らは皆、かつて差別を受けてきた者同士であり、同じ目に遭っている者を放ってはおけない。
そこに目を付けた奴隷商が法外な値段をふっかけて、国相手に人身売買をしているのだ。
普通ならば建国したばかりの小国に、売りに出されている同族を買い戻す資金はない。しかし、後ろ盾にアルディア帝国がついているのならば話は別だ。
潤沢な資金があるからこそ、多少の融通が利いてしまう。
そうして負の連鎖は続いていくのだ。今回のレシカの件が良い例だ。
「しかし、同胞たちには何の罪もありません。私たちが差し伸べられた手を取らなければ、この国の存在意義は無いに等しいのです」
そう言って、レルフは深く息を吐いた。
彼が頭を悩ませている問題の一つでもある。もちろん、解決策はあるにはあるのだ。しかし、だからといってそれをすぐに実行できる、なんて上手い話にはならない。
「奴らも金の匂いを嗅ぎ付けなければ大人しいものです。ですから、帝国の資金援助を断ろうという意見も出たのですが……」
レルフは力なくかぶりを振る。
どうして彼がそれに踏み込まなかったのか。フィノにも理解出来た。
この国は未だ発展途上なのだ。それを支援するために建国当時、アリアンネが資金援助を申し出てくれた。
それを切ってしまうという選択は、自分の首を絞めることと同義である。せめて、自分たちでしっかりと利益を出せる国力を付けてからならば話は変わってくるが、無理だとわかっていて押し通すような真似は愚策以外の何ものでもない。
「難しいんだね」
「ええ、それにこの件に関しては少しややこしい事態になっていまして」
アルヴァフの後ろ盾に、アルディア帝国がついていることを快く思わない連中もいるのだと彼は言った。
レルフを含め、元村人たちはそれを良しとしている。元々彼らの大願はハーフエルフの地位向上である。国として成れば安泰だ。
けれど、村人以外……外から来て民として定住することを選んだ人々は帝国による影の支配には否定的だ。
曰く――真の自由を得るには帝国の影響力から逃れなければならない、とか。
まったくの理想論で、実現不可能な世迷い言ではあるが……それを支持する国民も少なくはない。
現在のアルヴァフは、保守派と革新派で二分している。国主であるレルフは国の為を想い保守的な立場を貫かなくてはならないのだ。
「ううん……」
今の話を聞いて、この問題を解決出来る妙案などフィノには欠片も思いつかない。
唸り声をあげていると、レルフはそれで――と続ける。
「今回お呼びしたのは、白麗様のお力をお借りしたいと思いまして」
「それはいいけど……私に出来る事なんてないよ?」
思ったよりも問題が大きすぎるのだ。とてもじゃないがフィノが何かしたからといって解決に向かうとは思えない。
断りを入れると、レルフはわかっていますと頷いた。
「何も全てを解決するつもりはございません。今は急場凌ぎ、上辺だけでも取り繕っておく必要があるのです」
「……どういうこと?」
「嘘も方便、というでしょう」
レルフは含みのある物言いをして、口元に笑みを刻んだ。




