年頃の男の子
――翌日、早朝。
まだ眠いとごねる二人を叩き起こして、空の彼方が色づいてきた頃には出立していた。
途中で休憩を二回は挟んで、ベルゴアへと辿り着いたのは夕刻。
「つかれたあ」
「もう歩けない……」
出発前は元気だった二人も、街に着く頃には疲れ切ってしまっているようで、しかめっ面である。もう歩きたくないと顔に書いてあるようだ。
特にレシカはここまでの道中、喋りっぱなしだった。自分のことから、ヨエルやフィノのことを色々と聞かれた。ここまで饒舌なのはひとえに彼女の性格ゆえだろう。
おかげで道中は、賑やかに過ごせた。
それにしても、長距離を歩くのは子供にはきつかったはずだ。
少し急ぎすぎたかな、と反省しながらフィノはベルゴアの宿の前で足を止める。
「今日も野宿するの?」
「ううん、ちゃんと宿に泊まるつもり」
まさか、という思いで尋ねてきたヨエルにフィノは目の前にある宿を見上げて答えた。
「部屋が空いてたら、だけど」
「「ええー!?」」
それを聞いた二人からは悲痛な叫び声がもれた。
フィノがどうしても日暮れ前にベルゴアへ辿り着きたかったのは、これのせいだ。
宿場街であるここは、人通りが多い。それ即ち宿を利用する人も多い。だからこそ、街中には沢山の宿屋があるのだが……運が悪いと部屋が全て埋まっているということも有り得るのだ。
「聞いてくるから、ここで待ってて」
店先に二人を残して、フィノは宿屋へと入っていった。
残されたヨエルとレシカは、フィノの言いつけ通りに宿の前で待つことにする。
「ひと、いっぱいいるね」
「うん」
レシカの言う通り、宿の前にある大通りは行き交う人で溢れていた。
そろそろ日も暮れるというのに、どこからこんなに集まってくるのか。ヨエルの知っているメイユの街よりも更に沢山の人で溢れているベルゴアは喧騒で忙しなく感じる。
ふと隣にいるレシカを見てみるとヨエルと同様、道行く人に釘付けである。
レシカがどこから来たのか。ヨエルは知らない。けれど、この状況を珍しがっているのなら、彼女もヨエルと同じ田舎育ちということになる。
「フィノがいってたよ。近くに海があるんだって」
「うみ!?」
それを聞いた瞬間、レシカは瞳を輝かせた。どうやら彼女もヨエルと同じく、海を見るのは初めてらしい。
「うみ! 行ってみたい!!」
「途中で通るっていってた」
「ほんと!?」
「う、うん」
レシカは嬉しそうに顔を綻ばせる。
彼女の様子はヨエルにも覚えがある。フィノに海のことを聞いた時と同じ反応なのだ。それになんだか恥ずかしくなって、明後日の方向を向いて返事をすると宿からフィノが戻ってきた。
「部屋とれたよ。三人部屋」
「やった!!」
はしゃぐレシカに、その隣でヨエルも胸を撫で下ろす。
せっかく街に居るのに野宿なんて勘弁だからだ。それにふかふかのベッドで休みたい。
「部屋に荷物置いたら、ごはん食べに行こう」
「うん」
「ここの料理、とっても美味しいんだ」
海が近いから、魚料理が名物なのだとフィノは言った。
海産物は生まれてこの方、ヨエルも……おそらくレシカも食べたことはない。期待に胸を膨らませながら、部屋に入ると荷物をベッドの傍に置く。
「ご飯食べに行く前に……レシカ」
不意に聞こえた呼び声に、フィノの元へと駆け寄ると彼女はレシカに子供用の服を手渡した。
「宿の人に譲ってもらったから、これに着替えて」
「はあい」
突然着替え始めたレシカに、ヨエルは目を見張って慌てて顔を逸らした。
社会経験が乏しいけれど、知り合って間もない女の子の裸を見てはいけないことくらいヨエルにも分かるのだ。
「ぼ、ぼく外で待ってる!」
「えっ!? あ、ちょっと」
早口にそれだけを言ってフィノの制止も聞かずに、ヨエルは部屋を飛び出した。
突然の行動にフィノは何事だと目を円くして驚く。少し考えて……合点がいった。
「なんだか悪い事、しちゃったなあ」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
十歳と言っても年頃であることには変わりないのだ。
心の中で謝罪をして、着替えを終えたレシカと共に飛び出していったヨエルを追うのだった。




