ニライのトラウマスープ
罠に掛かった獲物はヨエルの仕掛けたくくり罠に、一羽だけという結果に終わった。
この量ではスープにした方が良さそうだ。もう少し掛かってくれたのなら、新鮮な肉がそれなりに食べられたのだが……こればかりは仕方ない。
「んぅ、なんでだろう」
自信があっただけに、今回の結果にフィノは不服だった。せっかく良い所を見せられると思っていたのだ。
ふと、先ほど目についた葉っぱの切れ端を手にとって眺めてみる。
葉野菜のように大きな葉は、雑草というには立派である。匂いは……特に気になる所もない。青々しい草木の匂いだ。
これを落としたのはヨエルだろう。なぜこんな真似をしたのか。フィノにはいまいちよく理解出来なかった。
「これどうしたの?」
「それ、ニライが好きだった葉っぱ」
「ニライ?」
聞いたことのない名前が出てきて、フィノはオウム返しに聞き返す。
するとヨエルは、
「前に飼ってた雪うさぎの名前。二年くらい前に死んじゃったんだ」
眉を下げて、以前飼っていたうさぎのことを話してくれた。
そこまで聞いて、フィノもやっと合点がいく。ヨエルは昔飼っていたうさぎが好きだった餌を撒いて罠におびき寄せたのだ。確かにその方が罠の成功率も上がる。
彼はフィノの話を聞いて、自分で考えてどうすれば捕まえられるか。答えを出した。結果、見事成功したのだから、たいしたものだ。
感心しているフィノを余所に、ヨエルは罠に掛かったうさぎを見つめながらぽつぽつと話を続ける。
「それで、ぼくが泣いてたらおじいちゃんが」
「……エルが?」
「ニライをスープにしちゃったんだ。ひ、ひどいんだ! 食べちゃうなんて思わないから!」
怒っているのか悲しんでいるのか。ヨエルはその時のことを思い出して珍しく腹を立てている。
ぷんすかと怒っているヨエルを見つめて、フィノは笑いを堪えるので必死だった。
笑っちゃいけないとは分かっているけれど……少年が大事に育てていたペットが死んだからといってスープにして食べてしまうなんて。普通ならば唖然としてしまうところだ。しかし、エルリレオならばやりそうだとフィノは思ってしまう。
というのも、エルフは昔から自然と共に生きてきた。それゆえに思想というか考え方が人間と少し異なる所がある。若いエルフならばそこまで偏った考えはしないけれど、エルリレオは五百歳を越える老君である。
ことさら、命を粗末にはしないはずだ。
「それで……どうしたの?」
「う……そ、それで。おじいちゃんがちゃんと食べなさいっていうから……たべたよ。おいしかった」
「そ、そっかあ」
しょんぼりと肩を落としたヨエルは、先ほどとうって変わって元気がない。どうやら落ち込んでいるようだ。気持ちも分からないでもない。
フィノも昔可愛がっていた、老馬のユーリンデ。彼と別れるときは辛くてユルグに泣き付いたほどだ。
ヨエルの場合、フィノの時よりも悲惨な経験をしている。トラウマになるのも致し方ない。
そんな彼に今晩、うさぎ肉のスープを出すのは忍びない。いくらなんでも可哀想である。
「この子、放してあげる?」
ヨエルの心境を思って尋ねると、彼は罠に掛かってもがいているうさぎを見つめて、かぶりを振った。
「あの後、おじいちゃんがニライの毛皮で手袋、つくってくれたんだ。だから……悲しかったけど、いまはもう大丈夫」
それに、とヨエルは続ける。
「レシカが風邪引くといけないから、温かいもの食べさせてあげたい」
だからこれでいい、と彼は言う。
可哀想だけど仕方ないんだ、とヨエルはフィノに告げた。まだ十歳になったばかりの子供にしては大人びた考え方だ。きっとエルリレオの教えのせいだろう。
思い返してみれば、お師匠もこういった事に関しては躊躇いがなかったように思う。この師あって、この弟子ありと言ったところか。
そういった意味では、ユルグを師匠としているフィノも変わりはないのだろう。
「うん、それじゃあ今日の晩ご飯はうさぎ肉のスープにしよう」
レシカに対する思いやりに、フィノはヨエルの頭を撫でてやる。そうすると、ヨエルは少しだけ恥ずかしそうに首を竦めて、小さく頷いた。




