罪科の在処
話が一段落したところで、ヨエルはマモンにあることを尋ねた。
「フィノの師匠って、ぼくのお父さんのこと?」
先ほどフィノとマモンの会話を聞いていて、ずっと心に引っかかっていたのだ。
まっすぐに尋ねるとマモンは一瞬躊躇ったのち、そうだと答えた。
この事は何も先ほどの会話で知ったことではない。確か……ライエの話でもそんなことを言っていた気がする。
ヨエルはずっとその事が気になっていたのだ。でもフィノに直接聞くのは憚られた。なぜかって、その師匠を自分が殺したのだとヨエルに明かしてくれたからだ。
師匠=ヨエルの父と言うのならば、当然フィノは話したくはないだろうし、ヨエルにだって聞かれたくはないはずだ。
そこまで懸命に頭を絞って考えていた所に、マモンが不思議そうな声をあげた。
『……まて、どうしてヨエルはそう思ったのだ?』
「フィノが話してくれたから」
マモンの問いかけにヨエルは端的に答えた。
それだけを聞いて、マモンはどこかほっとしたように息を吐く。
『そうさな……おぬしの父はフィノの師匠だった』
「マモンはお父さんのこと、知ってる?」
「うむ、知っているよ。仲は良くはなかったが……よく言い争いをしていた。あやつとはソリが合わんというか……ううむ、とにかく一言多い奴だった」
マモンは目を細めて、昔を懐かしむように語ってくれた。その様子は仲が悪いと言う割には、険悪さを感じない。
「そうなんだ……」
ヨエルは、自分の父親がどういう人だったのか。詳しく知らなかった。ヨエルが産まれた頃に死んでしまったとしか聞かされていない。どうして死んだのか、今まで知らなかったのだ。
それでも何も知らないわけではない。なぜなら、エルリレオがよく話してくれたからだ。
彼の話では一緒に色々な場所を旅して回っていたらしい。あと、大事な弟子だったとも聞いた。
エルリレオの語る思い出話の中に出てくるのは、彼と共に旅をしていたという仲間の戦士と魔術師。それと仲間であり弟子であったヨエルの父だ。それをいつも楽しそうに話すのだ。
ヨエルがまだ小さな時は、よく寝物語に話して聞かせてくれた事もある。けれど、楽しそうに語るエルリレオはたまに悲しげな顔をすることもあった。
そんな中、一度だけ彼が零した言葉を、ヨエルは忘れられない。
いつものように寝物語をせがんで、何十回と聞いた昔話にヨエルがうとうとし始めた時だった。
寝入ったヨエルを見つめて、エルリレオは小声でぽつりと零したのだ。
「……師匠よりも先に逝く弟子があるか。こんなに小さな子を残して……まったく、馬鹿ものめ」
悔しげに震わせたその声を、ヨエルは確かに聞いていた。哀愁を孕んだ彼の言葉は、いつも穏やかで優しいエルリレオからは想像もつかないほどだった。
彼が何を想っているのか、本当の事はヨエルには分からなかった。けれど、あの時の出来事をヨエルはどうしても忘れられないのだ。
昔の事を思い起こしながら、ヨエルは意を決してマモンへと尋ねる。今を逃しては、きっといつまでも真実を知らないままだと思ったからだ。
「マモンはどうしてフィノが、ぼくのお父さんを殺したのか、しってるの?」
声を潜めて問うと、マモンは目を見開いて絶句した。彼が口を開いたのは、数秒経ってからである。
『なっ……ど、どうしてそれを』
「フィノが話してくれたんだ」
『それは本当か!?』
「うん」
ヨエルの答えにマモンは取り乱した。僅かに声を荒げて、ヨエルに子細を尋ねる。
『フィノは何と言っていたのだ?』
「う……お父さんを殺したのは自分だって。それだけ。あとは何も聞いてない」
『そうか……どうしてそんなことを』
理解出来ないと、マモンは言った。けれど、ヨエルには何となくフィノの考えが読めるような気がする。
あの時、話してくれたのはライエの話にその話題があがってしまって誤魔化せなくなったため、仕方なく打ち明けてくれたのだとヨエルは考えた。
それでも、私も人殺しだと語ったフィノの言葉は、どこか自虐的に聞こえた。ヨエルを傷つけようという意図は、フィノにはなかったように思う。
『して、ヨエルはその理由を知りたいのだな?』
「うん」
そもそも、考えてもみればおかしな話である。
フィノは父に師事していたのだ。師匠と讃えるのだから、そこには並々ならぬ想いはあったはずだ。例え、恨んでいようとも自らの師を殺すなんてことは有り得るのだろうか。
ヨエルはフィノのことは殆ど知らない。けれど知らないなりにこの一年、傍で見てきて感じたことはある。
ヨエルの知るフィノは、誰かを傷つけるのを良しとする人ではない。ましてや殺すなんて考えられない。
先ほど襲ってきた男たちだってそうだ。仕掛けてきたのは相手であって、フィノではないし正当防衛である。
少しやり過ぎだと思う所もあったけれど、フィノはヨエルを守らなければならなかった。致し方ないことなのだろう。
そんな中でも、彼女は彼らを殺しはしなかった。だからこそ、あの時のフィノの発言にヨエルは矛盾を感じたのだ。
マモンの問いかけに頷くと、彼は重苦しく開口した。
『知っているが……己の口からは言えない』
「どっ、どうして?」
『何もヨエルが憎くて言っているわけではない。ただ……まだ知るべきではないと』
「ぼく、もう子供じゃないよ!」
怒って声を荒げるヨエルとは対照的に、マモンは頑なだった。
『どうしても知りたいのならば、フィノに聞くと良い。だが一つだけ知っていて欲しいことがある。フィノも、お主の父も……誰も、悪くはないのだ。それでも誰かに罪を着せるというのなら、それは己以外にはありえない』
最後に、マモンはすまない、と消え入りそうな声で言った。
こんなに悲しそうなマモンを、ヨエルは初めて見た。そして、彼をそこまで追い詰めたのは他ならぬ自分なのだ。
その事に気づいたヨエルは、腕の中に抱いていたマモンをぎゅっと抱きしめた。
「ごめんなさい。もう知りたいなんて言わないから……なかないで」
『うぐぅ……これでは立場がまるっきり逆ではないか』
含み笑いを零したマモンは、いつも通りに見えた。もしかしたらヨエルの手前、わざとそう振る舞っているだけなのかもしれない。
だから、伝え損なわないようにヨエルはまっすぐに自分の気持ちを言葉にする。
「マモンは悪くないよ。ぼくは何も知らないけど、マモンはずっとぼくの傍にいてくれるから……何も悪いこと、してないよ」
心の籠もった想いを受け取ったマモンは、少しだけ恥ずかしそうに言葉を詰まらせながら、ありがとうと言った。




