共同作業
「あしたもずっと家にいるの?」
食事時に、対面しているヨエルに尋ねられてフィノは「そうだよ」と頷いた。
すると、温め直したシチューを飲み込んでヨエルは、「ふぅん」と素っ気ない返答をする。
「どうしたの?」
「べっつにぃ、なんでもない!」
どうしてか、ヨエルは明後日の方を向いてわざとらしく言う。
彼が隠し事をしていることはフィノにも読み取れたが、何を隠しているかまでは分からない。不思議そうな顔をするフィノを尻目に、ヨエルはシチューを平らげるとそそくさと寝室へと消えてしまう。
「んん……?」
怪しい動きをするヨエルにフィノは眉を潜める。
何か悪戯でも考えているのだろうか……そうだったとして、危ないからやめろと頭ごなしに叱るのは良くない気がする。
危険な目に遭わないならば、ヨエルの好きにさせてみようとフィノは結論を出した。
遠出していなければ、何かあってもすぐに駆けつけられるし一応、マモンもついている。今朝のような事態には陥らないはずだ。
「うん、だいじょうぶ」
そう結論づけると、フィノは残ったシチューを一人で黙々と食べ続けるのだった。
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――翌日。
昨日と同じように魔法薬の製薬に没頭していると、バンッ――と小屋の扉が開かれた。
外から現われたのは外套に雪を積もらせたヨエルだ。一時間前に外に行ってくると出て行って今しがた戻ってきたのだが……彼が何をしていたのか。フィノは知らない。
友達が居ないであろうヨエルは、いつも一人遊びをしているようだ。大きな雪玉をくっつけて雪人形を作ったり、近場を探検したり。
どうやら今回は密かに作っていた秘密基地、なる場所に足を運んでいたらしい。
「……秘密基地?」
「フィノにはおしえない! だって秘密基地だもん!」
胸を張って、なにがしか威張っているヨエルを目端に、フィノは先ほど彼に渡された物をまじまじと見つめる。
「これって……なに?」
「ぼくのたからもの!」
ヨエルが昨日の誕生日プレゼントだ、と渡してきたのはスベスベとした手触りの小石だった。
どこにでもありそうな石ではあるが……確かに触感も良いし珍しいものである。ヨエルが宝物だと言うのも分かる気がする。
「これ、くれるの?」
「本当はイヤだけど……た、誕生日だから」
彼なりに考えて選んだものなのだろう。こういうのは気持ちが大事なのだと聞くし、ヨエルが考え抜いて贈ってくれたものだ。嬉しくないわけがない。
「うん、ありがとう」
微笑んで礼を言うと、フィノは再び手中の石を見遣る。じっと眺めていると、ふとあることが脳裏に浮かんできた。
フィノの様子を遠慮がちに眺めていたヨエルに、もしやと思い聞いてみる。
「これ……もしかして魔鉱石じゃない?」
「まこうせき?」
フィノの発言にヨエルは小首を傾げて見せた。
もし、フィノの予想が当たっていたら現在抱えている問題を解決出来るかもしれない。
「これ! どこで見つけたの!?」
「え? ええっと……小屋の近くの林の中だよ。いつも薪をとりにいくとこ。秘密基地作ろうって雪ほってたらでてきた」
ヨエルの証言にフィノはすぐさま外へと向かった。場所を知っているヨエルに案内を頼んで、辿り着いた場所は彼が一人で作ったであろう、秘密基地と称しているかまくらだった。
ヨエルが中に入って寝転べるくらいには広い。作るのには相当苦労したはずだ。感心していると、なにやら傍に居るヨエルはむっすりと機嫌が悪そうに頬を膨らませている。
「どっ、どうしたの?」
「だって……秘密だっていったのに」
「あ、ああ……ごめん。誰にもいわないから」
「そーいうことじゃない!!」
宥めようとしたが、フィノの返答にヨエルはますます怒ってしまった。
地団駄を踏むように足音荒くフィノから離れていくと、秘密基地であるかまくらの中に消えてしまう。
その後ろ姿を眺めて嘆息しながらどうしようか思案して……フィノは放って置くことに決めた。どれだけ謝っても機嫌が直ることはないだろうし、ここは時間が解決するに任せよう。
持ってきたスコップを積もった雪に突き立てて、フィノは地面を掘り始めた。
ヨエルの話ではあの魔鉱石は地面から出てきたものらしい。だったら掘ってみれば他にも出てくるかもしれない。
止むことの無い雪のせいで堆積した雪層の下にはもしかしたら鉱床が眠っているのかも、とフィノは考えた。
人の手の入らない土地である。そういったことも無きにしも非ずであろう。
えっさほっさ、と掘り続けているとふと視界の端に、かまくらの中から顔を出してこちらの様子を窺っているヨエルの姿が見えた。
何をしているんだろうと興味津々な態度からは先ほどの機嫌の悪さは感じない。
手招きして呼んでみると、彼はおずおずと近寄ってきた。
「なにしてるの?」
「ヨエルがくれた石、探してる。たくさん必要なんだ」
喋りながら掘り進めていると、スコップの先に硬い感触を覚えた。
雪の層を掘り進めるとその下にはポツポツと小石程度の魔鉱石が見える。目的の物を掘り当てたフィノだったが、それらの品質は彼女の欲している高品質の魔鉱石には到底届かないものだ。
「やっぱりこれじゃあダメかなあ……」
手にとって見てみるが、魔道具店で売っているものと遜色はない。デンベルクの坑道で手に入る、高品質の魔鉱石と比べてもあまり良いとは言えないものだ。
しかし、悲観するのはまだ早い。
ヨエルがくれた魔鉱石はたったいま掘り当てた粗悪品と比べても上質なものだった。ということは探せばどこかには高品質な魔鉱石だってあるはず!
もちろん一筋縄ではいかないだろうが、入手経路を絶たれていたフィノにとってはなんともありがたい話である。
作業の手を止めて考え込んでいると、フィノの様子を見たヨエルが横からひょいっと顔を出した。
「それだとダメ?」
「うん。ヨエルがくれたような物じゃないと使えないかな」
「一番きれいなの、それしかなかったよ」
「……やっぱり簡単には見つからないかあ」
しょんぼりと項垂れたフィノを見て、ヨエルは秘密基地からスコップを持ちだして雪の地面を掘り始めた。
「手伝ってくれるの?」
「だって、することないし……暇だから。それに――少しだけ楽しいから、いい」
続く言葉はわざと口籠もったようで、フィノの耳には聞こえなかった。
「え? なんて言ったの?」
「なんでもないっ!」
照れ隠しのように声を荒げてそっぽを向いたヨエルに、フィノは微かに笑みを浮かべるのだった。




