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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第二章
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名もなき村

 村の外壁の門扉はびっしりと蔓に覆われていた。

 この状態を見るに、この村は放棄されて久しいのだろう。


 ラーセも言っていたが、スタール雨林周辺に近付く人間は殆どいないと言うし、村内に村人が残っているとは思えない。


 蔓を剥がして扉を開くと、中はユルグの予想した通り荒れていた。

 倒壊している家屋も一つや二つではない。

 外壁同様、至る所に植物の蔓が巻き付いていて異様な雰囲気である。


「んぅ……だれもいない」


 フィノはキョロキョロと辺りを見回して独りごちる。

 彼女の言葉通り、人が住んでいる気配はまるでしない。

 初めから期待はしていなかったので、それほど気落ちすることでもないがこの有様だ。

 何かしら事情を聞きたかったが、仕方ない。


「少し調べてみるか」


 村に入ってまず一番に目に付くのが、広場らしき場所にそびえている大きな植物である。

 既に枯れているのか、生気はなく萎れてしまっている。


 村の御神体なのかとも思ったが、これを中心に蔓が伸びているのを見るにつけて、村中に張り巡らされた蔓はこいつの仕業なのかもしれない。


 植物の天辺には花が咲いていたらしい。既に枯れてしまっている。


「魔物に襲われた形跡はなさそうだ」


 襲撃されたのなら、もっと荒らされているはずだ。

 見たところ、家屋の外で死んだ人間も見当たらない。


 だとしたら、何か疫病でも流行ってしまったか。それとも食糧難に陥ったか。

 それくらいしか、この村を放棄するに至った理由は思い付かない。


「ユルグ、あれ」


 フィノが指差す方向には、まだ崩れていない家屋が残っていた。


「……これは」


 足を踏み入れたユルグは、固唾を呑んで固まる。


 眼前には、ベッドに横たわった亡骸があった。

 その数――二十数体。


 どうやらこの建物は、診療所みたいだ。

 置かれているベッドは死体で満床。患者と思しき人間も老若男女問わず、子供も居れば成人済みの男女、老人――それらが、既に物言わぬ骸になって目の前にある。


 その光景を目にして、ユルグは眉を潜めた。


 彼らの死因が何か、詳しいことは分からないが疫病で死んだにしては綺麗すぎる。

 亡骸の状態が良い、ということではない。

 こうも一様に揃って亡くなっている事がおかしいのだ。


 仮に彼らが疫病で死んだとする。

 当然、病の進行に個人差はある。子供なら大人より体力もないし早く亡くなる。免疫力が低い老人も然りだ。

 そうなった場合、死体を放置しておくのは衛生的に良くはない。疫病で死んだならばすぐに火葬する。

 診療所があるということは、医者なり医学に精通した者が居たはずだ。そういった心得はあったはず。


 しかし、ここにある亡骸はどれもベッドに横たえたままだ。


 考え得る理由は二つ。

 この状態で村人全員が亡くなったか、埋葬出来ない程に村人全員が末期の状態だったか。


 兎にも角にも、只ならぬ理由があってこの村はこんな状態になってしまったのだ。


「みんな、ねてるね」


 ユルグの背後から顔をだしたフィノが、そんなことを口にする。


 遺体は身体の一部が白骨化しているものもある。彼らが亡くなってからそれなりの年月が経っているのだろう。

 それがこうも沢山、ベッドに寝かされていたらそんな感想も口を突いて出るというものだ。


「中を見てくる。お前はここで待っていろ」


 ユルグの指示に頷いたフィノを尻目に、鼻と口を布で覆って軋む床板を踏みつぶす。


 何か当時の状況を記した手記などあれば助かるのだが。

 そう思い、室内を見回すとあるものがユルグの目に止まった。


「これは、こいつの手記か」


 一体だけ床に転がっていた亡骸の胸元に見つけた物は、古ぼけた手記であった。

 中身をざっと確認すると、どうやらこれの持ち主はこの村の医者を生業にしていたみたいだ。


 そこに書かれた内容に、ユルグは小さく唸る。


 村人たちの死因は疫病ではなく、ある病が原因であること。

 そして、その根源が村の中心にあった奇妙な植物ではないか、ということ。


 特筆すべきはやはり、村人たちを蝕んだ病についてだ。


「……夢幻病(むげんびょう)?」


 手記に記してある病名に、ユルグは首を傾げる。

 そんな病名は聞いたこともない。



 医者の見解ではこの病は精神障害と意識障害を引き起こすのだという。


 それだけなら死に至るような病ではない。こうして何人もの村人が死ぬ事態には陥らないはずだ。

 疑問に思ったユルグだったが、手記には続きがあった。


 この夢幻病という病は、スタール雨林から持ち込まれた例の植物。それの花粉を大量に吸い込むことで発症するらしい。そしてそれには依存性もあった。

 罹患した人間は二日から一週間、意識障害に陥る。まるで眠ったように起きないのだという。

 けれどずっとではない。いずれ目を覚ますのだが、そこで依存性が発露する。


 一度、罹患した者は求めてこの病に罹りにいくのだ。

 なぜだと医者が問うと、罹った村人は一様にこんなことを口にする。


 曰く――幸せな夢を見ていたのだ、と。


 それがあまりにも幸福すぎて、夢を見続ける方が良いのだという。


「幸せな夢、ねえ」


 それを聞いて、医者はあの植物を切り倒そうとした。

 けれど、村人たちに邪魔をされ監禁されてしまい、なんとか脱出したときには既に手遅れだった。


 手記の最後は、医者の自責の念で埋め尽くされていた。

 それを読み終えたユルグは、亡骸の元へ手記を戻し屋外へと出る。



 この村を襲った災厄の原因はわかった。

 問題は、例の植物の目的である。


 こいつに意思があるとは思えない。あの花粉も何かしらの役割があってのことなのだろう。

 今回の件は村の中だからこうした事態になったが、これが自然の中であったらどうだろう。

 意識を失ってしまうことは、それだけでも脅威になり得る。


 幸いにも、あの手記を読む限りでは大量に花粉を吸い込まなければ大丈夫だと書いてあった。

 仮に雨林でこいつと同じものに出会っても対処は出来るはずだ。


「ユルグ、もういいの?」

「ああ、そろそろ出発しようか」


 どうあっても、あの雨林は越えて行かねばならないのだ。


 ユルグたちが名もなき村を出てスタール雨林へと足を踏み入れたのは、それから三時間後の事だった。



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