帰り道
外に出ると、フィノの長話に飽きて先に外に出ていたヨエルがしゃがみ込んで雪を弄っていた。
「おまたせ」
後ろから声を掛けると、作りかけの雪玉を放り投げて立ち上がる。
それでもやはり、ヨエルの表情は浮かないものだった。落ち込んでいるというか、元気がない。
話しかけても返事しかしないし……ライエから聞いた話のせい、というのはフィノも感づいていた。
どうするべきか。考えながら、フィノはヨエルの足元で呑気に寝ているマモンを起こしに掛かる。
「マモン、起きて」
『……んん? ああ、フィノか』
「ヨエルはもう大丈夫だから。安心して」
『そうか。よかった』
大きな欠伸を零して目を覚ましたマモンは、フィノの登場に安心しきったように嘆息した。
今まで眠っていたマモンだが、実体を残せるということは僅かに余力があるということだ。見知らぬ場所でヨエルを一人に出来ないと思っての判断だろう。
けれどだからといって、昔のようにいつでも姿を現わせるほどの力は今のマモンにはない。
こうして眠っていたのは危険を察知したのならすぐに対応出来るようにするためである。当然寝ている間の意識はないが、強い衝撃や呼びかけには応えられるのだ。
『であれば、己は引っ込むとするか――のおっ!』
再度でかい欠伸を零したマモンに、今まで黙っていたヨエルが堪らずに抱きつく。
「やだよ! いかないで!」
『そうはいっても、こればっかりは』
「二人きりはヤダ!」
「えっ……」
本人が居る前で全力で拒絶するヨエルに、フィノは絶句して声を詰まらせた。
分かっていたことだけれど、ヨエルはフィノと二人きりでいるのが嫌なのだ。どう接して良いかも、何を話して良いのかも分からないのだろう。しかし、それはフィノも同じである。
『そっ、そんなことを言うものでは……そら、フィノも困っているだろう』
「でも……」
窘められて、ヨエルはフィノをちらっと見る。
その顔はとても不満そうで、何か言いたげだ。しかし文句を言うことなくヨエルは口を噤んだまま黙り込んだ。
『とにかく、フィノが居るのなら休ませてもらうよ』
「あっ、まって」
ヨエルの説得も虚しく、マモンは実体を霧散させるとあっという間に消えてしまった。
しょんぼりと項垂れているヨエルの背中を見つめて、フィノはどうするべきか思案する。
彼に嫌われているのは承知していたが、こうして突き付けられると自分の無力さを痛感してしまう。
打ち解けようと思った矢先の出来事だ。これで落ち込むなと言うのが無理な話である。とはいえ、自業自得な部分もあるので弱音ばかり吐いてはいられない。
「ええと……とりあえず、家に帰ろう」
優しく声を掛けるとヨエルは観念したかのようにフィノに従った。
背嚢を背負い直すと、フィノを追い越して数歩先を登っていく。けれど、疲れていたのか。徐々に歩調は弱まっていき、悠々とフィノを追い越していたのがいつの間にか隣に並んでいる。
そして、最後には雪に足を取られたのか。疲れて足が上がらなかったのか。派手に雪の上に倒れてしまった。
「だいじょうぶ?」
「うん……」
差し伸べたフィノの手をヨエルはじっと見つめたまま取ろうとはしない。
彼の心境を察したフィノは自分から小さな手に触れる。手袋を外していた素手は冷え切っていて、握り込んでもなかなか温まってくれない。
「行きと帰りじゃ、大変だね」
「う、うん」
ぎこちない返事に、フィノは急勾配になっている帰路を見遣る。
流石にこの悪路を子供が行くには無理があるだろう。今はまだ大丈夫だけど、雪に足を取られて滑って転げ落ちてしまえば無事では済まない。
ヨエルの安全を考慮して、フィノはあることを提案する。
「私がおぶってあげる」
「えっ!? い、いいよ」
「転げ落ちたら危ないし、足場が良くなったら歩いてもらうから」
「……わかった」
うんと小さな子供だったら素直に従ってくれただろう。けれど、彼も十歳になって子供ながらにプライドがある。
親密な関係ならまだしも、それほど仲も良くないフィノに背負われるのは嫌なのだ。
それを考慮して、この山を越えるまでという条件を出すとヨエルは渋々頷いてくれた。




