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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第五章
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裏目に出る

 

 ――一時間前。


 その日は、早朝からメイユの街の薬屋へとフィノは出向いていた。

 依頼していた薬草の受け取りと、道具の補充の為だ。


「よし、これで全部だね」

「ありがとう」


 お得意さんであるフィノに店主は愛想の良い笑みを浮かべて、また来てねと言った。

 去り際の挨拶をして、彼女は街中を散策する。

 大通りには朝早くから開いている店は殆どなく、閑散としていた。それを目にして、フィノは思わず立ち尽くしてしまう。


「うっ……これは困った」


 今日は、一緒に暮らしているヨエルの誕生日である。

 そのことにフィノが気づいたのは、前日の深夜……夜明け前でつまり今日であるのだが、そんな状態では当然贈り物など用意していない。

 だから、まだヨエルが寝ているのを見計らってこっそりと小屋を抜け出して街に来たのだ。書き置きも残してきたが、出掛けていると見せかけてサプライズで驚かせてやろうという魂胆だった。上手くすれば前日に気づいたことを悟られずに誤魔化せると画策していたのだが……ズルをした分、痛い目を見る結果となってしまったわけである。


「んぅ……どうしよう」


 途方に暮れていたフィノだったが、こればっかりは仕方ないと早々に諦めることにした。贈り物ではなく何か美味しいものでも買っていって、昼頃になったらヨエルと一緒に街へと行こう。

 フィノには彼が何を欲しがるのか、まったく分からない。適当に見繕っても微妙な反応をされたら悲しいし、だったら彼の欲しいものをあげた方が誰も悲しまなくても済む。やさしい世界の完成だ。

 そうと決まれば、とフィノは美味しそうな匂いが漂ってくる屋台へと顔を出す。


 分厚い馴鹿肉が挟まれたパンを二つ買って、背嚢にしまうと帰路を目指す。


「ヨエル、もう起きてるかな」


 歩き慣れた道を行きながら、小屋を出るときにはまだ眠っていたヨエルに思いを馳せる。

 残念なことに、フィノはヨエルにはあまり好かれていない。これは自業自得なので、彼が悪いわけではないのだが……だから、今日の誕生日で少しでも距離を縮めようと思っていたのだ。


 フィノがヨエルと暮らし始めて一年が経とうとしていた。

 この十年、色々な理由をつけてこの場所には戻ってきていなかったのだが、一年前――エルリレオが老衰で亡くなった折に、まだ幼いヨエルの後見人として世話を頼まれていた為、この地へと舞い戻ってきたのだ。


 といっても、殆ど顔も知らないフィノに対してヨエルはなかなか心を開いてはくれなかった。

 まともに話が出来るようになったのは一月経った辺りからだ。それでも楽しくお喋りをするような仲というわけでもない。


 二人の間に見えない壁があるのは、何もヨエルが人見知りだからということでもなかった。

 フィノが、ヨエルとどう接して良いか分からないのだ。


 この十年間、この場所に戻って来ようと思えば出来たことだ。

 もちろん、フィノも暇ではなかったしやるべき事も沢山あった。けれど、彼女の師匠であるユルグからの頼み事を無碍にしようなどとは思っていなかったのだ。

 それでも彼女の足を留めてしまったのは、複雑な心境からくる想いが起因していた。



「……あれ?」


 小屋の前まで辿り着いたフィノは、あるものが気になって足を止める。

 扉の前に、自分のではない少し小さな足跡がポツポツと残っているのだ。それを目で追っていくと、小屋の裏にある墓標へと続いていて……さらには、山の頂上へ向かっているのが見えた。


「ま、まさか……」


 急いで小屋の扉を開け放つと、室内を確認する。暖炉の火がパチパチと燃えているリビングには誰の姿もない。次いで寝室の方も確認するが、これも同様。

 つまり、あの足跡はここに居ないヨエルのものだ。


「あの子、どこ行って――」


 叫ぶ間もなく、フィノは重い背嚢を投げ捨てると外へと飛び出した。

 フィノが小屋を出て街へ行っていたのは、一時間程度のことだ。雪深いこの場所では子供の足で山頂まで向かうのは難儀する。一時間といってもそれほど進めないはず。


 瞬時に判断を下したフィノは、近場に生えていた大木に足を掛けて身軽に登っていく。

 天辺まで一気に登り切ると、樹上からヨエルが進んだであろう方角を割り出す。


 どうやら切り立った崖を迂回して、反対側へと向かったみたいだ。シュネー山脈の向こう側は気性の荒い魔物が生息する未開の地でもある。

 以前、フィノもデカい熊に追いかけ回されたからあの場所の危険性は知っている。あんな危ない場所に子供が侵入してしまえば無事では済まないだろう。


 募る不安を感じながら、フィノは大木の天辺から飛んだ。

 足元に付与した風魔法を瞬発力に変えて、飛躍的に跳躍力を高める。長距離を移動することが多いフィノが編み出した移動方法で、このおかげで二日掛かる距離を半日足らずで移動できるようになったのだ。

 デメリットは彼女だけしかこの移動法を使えないこと。同行者がいるのならば背負っていくか、大人しく陸路を歩くしかない。


「よっ――と」


 大木を渡ってフィノは崖上まで辿り着いた。

 そこには深林へと入っていくヨエルらしき足跡が続いている。まだ残っているということは、彼がここを通ってまだそれほど時間は経っていないということだ。


 足早に痕跡を追っていくと、見覚えのある場所についた。眼前には簡素なログハウスがぽつんと建っている。

 フィノは昔、ここに来たことがある。あの時はユルグを追いかけていて……偶然、通りかかった彼女に助けてもらったのだ。

 もう十年も前の話である。


 記憶の片隅にあった彼女――ライエの顔を思い浮かべて、フィノはなんだか懐かしい気分になった。というのも、彼女とはあれ以来会っていないのだ。

 この十年、どこで何をしているのかもフィノは知らなかった。それはライエだって同じだろう。

 彼女は狩人を生業としていたから、狩り場である山からは動かないはず。きっと今もこの場所で暮らしているのだ、とフィノは結論づけた。


「元気にしてるかな」


 コン、コンとログハウスの入り口をノックすると、少しして内側から開かれた。

 けれどそこに立っていたのは、ライエではなく見覚えのないエルフの男だった。


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