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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第五章
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特別な日

誤字修正しました。

 

 その日は少年にとって、特別な日だった。


 期待に胸を膨らませて、彼はいつもよりも早くに目を覚ます。ベッドの置かれた寝室の空気は早朝ということもあり冷え切っていた。

 白む息を吐き出して、温いベッドから這い出ると彼はのろのろと寝室を後にする。


 向かったのは、暖炉の火が焚いてある暖かいリビングだ。ドアを開けて顔を覗かせると、そこには誰の姿もなかった。

 無人の室内には、パチパチと炎が爆ぜる音が木霊している。


 そんな光景に少年は瞠目して、取りあえず室内に足を踏み入れた。テーブルの上には書き置きがあって、これを残したのが誰かなど少年にはすぐに分かった。


「えっと……きょうは」


 ――今日は戻りません。ご飯は用意してるのでそれを食べてね。


 書き置きの傍にはバスケットに入ったパンと果物。魔鉱石内蔵の氷冷蔵庫には、作りおいていたシチューが入っていた。

 それらを目にして、少年は心の底から落胆した。目尻に滲んできた涙を拭って、書き置きを握りつぶす。


 去年まではこんなことはなかったのに。

 いつも何をしているか分からないけれど、あの人が忙しいことは少年も知っていた。だから、あまり構ってもらえなくても寂しかったけれど、我慢は出来た。

 でも、こんな時までもそうやって自分を嫌うのなら、いい加減期待するのはやめにしよう。


「……っ、もうしらない!!」


 丸めた紙くずを暖炉の火の中に投げ入れる。

 落胆の後、少年の心は反抗心で満たされた。今まで何の問題も起こさなかった少年が、齢十歳にして、誰かに逆らうことを選んだのだ。




 癇癪を起こしながら、少年は家出の準備を始めた。

 背嚢に、バスケットに入っているパンと果物を詰め込む。それと外は寒いから毛布と、日が暮れた後の事を考えてカンテラも用意する。

 服を何枚も着込んで、その上に外套を羽織る。手袋と帽子を装着して最後に背嚢を背負う。


 家の外に出ると、一瞬だけ怒られるかもと思った。

 けれど、すぐにその想像はかき消える。あの人が心配して叱ることなんてあり得ない。なぜなら、少年のことを良く思っていないから。だから、家出したところであの人にはさして問題にはならない。


「いいもん……これからは一人で生きていくから」


 込み上げてきた涙を再び拭って、少年は雪の降り積もった道を行く。

 宛てはない。けれど、足は自然と山の頂上へと向かっていた。

 いつもは危ないから近付くなと言われているけれど、今はそれを咎める大人はいないし言ってくれる家族もいない。

 だったら何をやっても自由だ!


 住み慣れた小屋の裏手に回ると、少年の足は止まってしまった。ある物を目にしてしまったからだ。


 小屋の裏手にある五つの墓標には、白い花が供えられていた。寒冷な気候でも雪の下で育つものだ。花言葉は知らないけれど、少年はこの花が好きだった。まっしろで綺麗だからだ。

 これを供えた人物が誰なのか。少年は知っていた。だからこそ余計に混乱してしまう。共に暮らすあの人が何を考えているのか。まだ年若い少年には、どれだけ想像しても正解が分からないのだ。


 お供え物があるならと、少年は墓に積もっていた雪を払い落としていく。

 ここにある四つの墓標は、少年が物心つく前からこの場所にあるものだ。一番新しい五つ目の墓は一番左側にある墓標。これは少年が親同然に慕っていた家族が眠っている場所でもある。


 少しだけその前に立って目を瞑ると、少年は山頂へ向かって歩き出した。

 家出なんてする少年を見たらきっと彼は叱るだろう。けれど、いない人のことを考えて尻込みしてしまうほど、少年も馬鹿ではない。やると決めたらやる! 


 足に力を込めて雪を蹴り飛ばしながら黙々と歩き続けていると、不意に前方にもぞもぞと動く毛玉が見えた。


「んー、なんだろう。あれ」


 目を細めて凝視していると、まっしろなモコモコのそれは少年の存在に気づいた。

 慌てて逃げようとするが、怪我をしているのか。走れない様子を見て、少年は白い毛玉に近付く。


「怪我してるの?」


 優しく声を掛けて手を伸ばすと、毛玉は少しだけ少年を警戒して……それでも敵意がないと知って大人しくなる。

 それに安堵して少年は毛玉を抱きかかえた。どうやら前足を怪我しているらしい。そもそもこの毛玉はどこから来てどんな生き物なのか。


 ここいら一帯は少年にとっては慣れ親しんだ場所である。それ故に生息している動物についてはそれなりに詳しい。けれど、こんな……両手でやっと抱きかかえられる大きさの獣なんて初めて見るものだ。

 尻尾は長く少し太い。小熊でもないし、少しデカい兎にも見えない。犬のように見えなくもないけれど、それにしては骨格ががっしりしているようにも思えた。


「おまえ、どこからきたんだよ」


 少年の問いかけに毛玉はグルグルと、喉を鳴らした。すんすんと鼻を鳴らすと、いま自分が来たであろう足跡が残った道を鼻先で指し示す。


「こっちかあ」


 毛玉の足跡を目で追うと、それは断崖絶壁の崖上に繋がっていた。どうやら切り立った崖から落ちてきてしまったようだ。

 少年ではこの崖は登れない。かといって、この毛玉を放置する訳にもいかない。家出を敢行した少年には小屋に戻るという選択肢はなく、少しだけ逡巡した彼はうんと頷いてみせた。


「少しだけ遠回りして反対側までいこう」


 応急処置として布きれを毛玉の前足に巻いて、少年は再び抱きかかえた。


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