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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第四章
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最初で最後の

 

 ライエが去って行く後ろ姿を窓から眺めて、フィノは改めて考える。自分が本当にすべきことが何なのかを。


 ユルグはマモンを継がせられないとフィノに言った。彼はその理由を自分と同じ生き方をして欲しくないからだと話してくれた。

 けれど……本当にそれだけの理由なのだろか?

 もし他に理由があってそれをフィノが知らないまま、こうして師匠の意思に背いて我を通そうとしているのならば。それは本当に正しいことなんだろうか?



 フィノが自問自答をしている最中、ユルグは椅子に座ったまま天井を仰いでいた。


 まさかこのタイミングでフィノが戻ってくるとは思っていなかった。予想外の展開に、どうやって誤魔化すか。

 悩んでいると、不意にフィノがユルグの対面にある椅子に座った。


「お師匠……」

「なんだ?」


 聞こえた声に顔を向けると、フィノは思い詰めたように浮かない表情を見せた。何か言いたいことでもあるのかと思ったが、フィノはなかなか言い出さない。

 それを待たずに、ユルグは先に口火を切る。


「そういえば、お前は何で戻ってきたんだ?」

「え?」

「ただの道案内ってわけでもないんだろ」


 問い質すと、フィノは小さく頷いた。


「うん……あのね。祠にあった匣、作ろうと思って」

「そんなことが出来るのか?」

「頑張れば出来るって、アリアも言ってたよ」


 フィノの話が本当ならば……以前、アリアンネに聞いた話を加味しても、きっと不可能では無いのだろう。

 魔法技術であの匣を作りだしたのならば、現代の技術でも可能なはず。もちろん一朝一夕とはいかないだろうが、解決の糸口を探り当てただけでも十分な成果と言える。


『とはいえ、それがすぐに製造出来るわけでもないのだろう?』


 ユルグの代わりにマモンがフィノへと問いかける。

 未だヨエルを抱きかかえているマモンを見据えて、フィノはこくりと頷いた。


「うん。時間も足りない。人も足りない。……すぐに出来ない」

「俺がそれの完成まで待ってやれる時間もないわけだ」

「うん……そうだね」


 無慈悲に告げると、フィノは唇を噛んだ。そこにはえも言われぬ悔しさが渦巻いている。

 彼女が暗い表情をしているのは、決して覆すことの出来ない事象を突き付けられているからだと、ユルグは考えた。


 ユルグが出した条件――それを果たしきれないうちに、フィノは戻ってきた。

 幾ら代案を見つけ出しても、それが確実に実行できなければ意味がない。フィノの話はただの可能性でしかないのだ。そんな弱いカードで交渉の卓に着けるなどと、フィノも思っていないだろう。もちろんユルグも良しとはしない。

 それを理解していて説得しようとしているのかもしれないが……何を言われたところでユルグの意思は揺るがないのだ。


「私はユルグとちゃんと話がしたい」


 フィノの訴えにユルグは微かに表情を曇らせる。

 今更、何を話すことがあるのだろう。ここに至るまで、散々話はしてきたつもりだ。

 二人の意見はどうあっても相容れないものだということは、ユルグも理解していた。だからどうすれば納得できるか。落とし所を模索して、やっとのことであの条件で落ち着いたのだ。


 ゆっくりと告げるフィノの言葉はそれを蒸し返すかのようなものだった。


「どうしてユルグがあんなこと言ったのか。ずっと考えてた。意地悪して言ったんじゃないのは分かってる。けど……信頼されていないみたいで、とても悲しかった」


 けれど、涙混じりに震えた声音で話す、その声を聞いていたらそうではないと気づく。

 フィノが語ってくれたのは、今まで溜め込んでいた想いだった。


 ユルグのあの決断はフィノを想ってのことだ。それはフィノだって十分に理解している。けれど、彼女はそんな気遣いを求めていない。

 フィノの想いは一貫して、ユルグの為に生きることにある。

 その為に、心を殺して大好きな師匠を殺す決断もした。全ては大切な人を想ってのことなのだ。


 だからこそ、フィノがどんな選択をするのか。ユルグは感づいていた。それ故に、同じ生き方はするなと言ったのだ。

 けれど今回の一件に関しては、どうあっても相容れないみたいだ。


 最後まですれ違ったまま。どこまで行っても平行線のまま。

 何を言ったところでフィノの想いは変わらないことを、ユルグは骨身に染みているのだ。


「だったら、お前は俺にどうして欲しいんだ?」


 双方、何を言ったところで何も変わらない。であれば、それ以外の決着を見出すしかないのだ。

 ユルグだって仲違いしたまま、最期を迎えたいわけではない。心残りは少ない方が良い。そう思うからこそ、最後の時間を使ってフィノとの対話を選んだ。


 相手の目をまっすぐに見据えて真摯に問うと、フィノはぽつりぽつりと話し出した。


「私は……本当のことが知りたい」


 フィノの言葉は何やら飛躍しすぎていて意味が分からなかった。

 彼女の言葉の真意を汲み取れないことは、たまにあることだ。そういう場合は、フィノの中でも上手く気持ちが整理できていない時が多い。

 だから、ユルグは口を挟まずにフィノの話をじっと聞いていた。


「ライエを見てて思ったの。どれだけ相手を思っても、すれ違ったら意味がないって。だから……ユルグが本当はどう思ってるのか、知りたい」

「それは、前に話しただろ」

「そうじゃなくて!」


 途端にフィノは声を荒げた。バンッ――と、自らの膝頭を叩いて肩を震わせる。睨むような眼差しは対面するユルグだけを見据えていた。


「私だけ、何も言ってくれない。頼ってくれない。自由に生きろって言ったけど……私が欲しいのはそれじゃない」


 微かに震えた声音で、喉奥から絞り出した言葉にユルグはやっと理解出来た。

 フィノは、この先どうして良いか分からないのだ。ユルグが……今まで背中を追い続けてきた人がいなくなる。それが不安で仕方ないのだろう。

 もちろん彼女の抱く感情は複雑なものであると分かっている。不安だけじゃない。悲しみもあるだろうし、頼られないことによる疎外感もあるはずだ。


 けれど、そもそもの話。ユルグがフィノへ自由に生きろと望んでも、彼女はその生き方さえ知らないのかもしれない。

 一年と数ヶ月前まで、フィノは奴隷だったのだ。誰かの言うことを聞いていればそれで済む。そんな小さな世界で生きてきた少女に、何のしるべもない道を歩けと言うのは酷な話だ。

 出会った頃よりは見違えたけれど、それでもフィノにはまだ圧倒的に経験が足りていない。まっさらな状態で手探りで進んで行くことはとても困難で、それでいて不安定でもある。


 ユルグは完全にそのことを失念していたのだ。

 何にも縛られずに自由に生きる。それがフィノの為だと思っていた。けれど、それは自分がそんな生き方を出来なかったから固執しているだけなんじゃないのか?


 それに気づいてしまったら、フィノの言った「本当のこと」が何なのか。自ずと答えは見えていた。

 以前、マモンにも指摘されたことだ。気持ちだけでも伝えておかなかった。そのツケが、いま回ってきただけのことなのだ。


「俺は……本当は、ヨエルの傍に居て欲しい。俺がいなくなったらこの子は独りきりになってしまう。だから……守って欲しいんだ。こんなことは、お前にしか頼めない」


 重苦しく胸の内を吐露すると、肩の荷が下りたような気がした。

 ユルグの唯一の心残りが、ヨエルについてだった。両親がいなくても健やかに育ってくれるか。危険な目には遭わないだろうか。心配事は考え出したらキリが無い。

 でもそれらすべて、フィノの一言で霧散していく。


「わかった。任せて」


 どん、と胸を叩いて宣言するフィノは晴れやかな顔をしていた。それに気づけば口元には笑みが残る。


「そんなに自信満々に言われると、逆に心配になってくるな」

「そっ、そんなことないもん!」

「そもそも赤ん坊の世話もしたことないだろ」

「んぅ、そうだけど!! なんでそんなこと言うの!?」


 身を乗り出したフィノは不満げに頬を膨らませて抗議する。

 懐かしい喧騒に耳を傾けていると、ふと聞こえていた声がやんだ。


「雪、やんだね」


 ユルグの背後、窓の外を見て呟いた声に釣られて見遣ると、曇り空の隙間から陽の光が差していた。

 眩しいそれに目を細めて……ユルグは椅子から立ち上がる。


「少し散歩でもしてくるよ」

「だったら私も」

「いいや、お前はここで留守番していてくれ。親子水入らずって言うだろ」


 マモンから受け取ったヨエルを抱きかかえながら、ユルグの拒絶にフィノは渋々頷いた。

 先ほどから大人しいヨエルはどうやら寝ていたようで、起こさないように優しく抱えるとマモンへと声を掛ける。


「一応、お前も着いてきてくれ」

『……そうだな。わかった』


 頷くと彼はまっくろな影に変化して消えてしまった。ずるいだなんだとフィノに文句を言われる前にユルグは動きの鈍くなった身体で歩みを進める。

 扉の前へと辿り着くと、背後を振り返って


「戻ってきたら色々教えてやるから、大人しく待ってろよ」

「うん。いってらっしゃい」


 ――最初で最後の、嘘を吐いたのだ。


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