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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第四章
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終わりを告げる

 

 耳を劈くような泣き声が止んでくれない。

 それに痺れを切らしたユルグが目を開けると、真正面にはなぜか鎧姿のマモンがいた。


 どういうわけか、彼は仰向けに倒れているユルグの上にのし掛かっている。まるで動きを封じるかのように拘束されているのだ。


 悪夢の中から現実に引き戻されたと思った途端に、これまた意味不明な状況に直面する。

 どこからか聞こえてくるヨエルの泣き声も止む気配はない。

 こんな馬鹿な事をしていないであやしてくれとマモンに頼む前に、彼はほっと息を吐いて奇妙な事を言い出した。


『はあ、やっと正気に戻ったようだな』

「……なんの話だ?」

『どうだ? 意識ははっきりしているか?』


 マモンの問いかけにユルグは尚更、自分の置かれている状況を掴めないでいた。

 困惑しているユルグを見て、マモンはゆっくりと身体の上から退く。ベッドに寝かせていたヨエルの傍に寄って、泣き喚くばかりの赤子を抱きかかえると再びユルグへと目を向けた。


『その様子だと何も覚えていないようだな……無理からぬことだ』

「待ってくれ、さっきからお前は何の話を――」


 問いかけて、ユルグはあることに気づいた。


 ――どうしてあんな悪夢を見ていたのだろう?


 マモンに拘束されていたことはどうでもいい。どうして今まで意識を失っていたのか。記憶の糸を手繰っても判然としない。


 今は陽が昇って数時間。まだ明るい時間帯だ。寝ていたわけでもないし、ベッドに横になっていたわけでもない。確か、何かをしていたようにも思うのだが……思い出そうとしても記憶がぷっつりと途切れてしまっている。


 何があったのか。懸命に記憶を掘り起こそうと躍起になっていると、ふと先ほどのマモンの言葉がユルグの脳裏を過ぎった。


「……なにかあったのか?」


 立ち上がる事もせず床に座り込んだまま、マモンを見上げて問い質す。

 すると彼は、一言だけ答えた。


『瘴気に冒された者の末路は、以前目にしただろう』


 マモンの発言に、ユルグは察してしまった。

 彼の言葉の真意は、不死人のことを指しているのだ。

 あれは不死身の怪物。それだけをみるならば聞こえは良いが、逆にそれ以外を持ち合わせていない。自分の意思もなく、意識もなく。腐った身体で動き回る化物だ。


 いずれ、そうなるのだとマモンは言ったのだ。

 今の記憶の欠落は、それの前兆なのだろう。


 幸いにして、マモンがのし掛かって止めてくれたおかげでヨエルに危害は加えていないみたいだ。けれど、だからといって安心して良いわけではない。

 寧ろ、目先に歴然と突き付けられた脅威に、ユルグは決心を固めた。

 今まで先延ばしにしていた事象に終わりを告げる時が来たのだ。


「……っ、これ以上は待てない」


 立ち上がりもせずに、座り込んだまま頭を抱えて声を絞り出す。


 元々、ヨエルの顔を一目見られたらそれで十分だった。そのはずなのに、ずるずると不相応な幸せを願うからこんなにも苦しむのだ。


 ――一度手にしてしまった幸福は、易々と手放せないものだ。

 だからこそ、誰に何を言われる前に自分の手で終わらせなければならない。


 ユルグの決断に、マモンは何も言わなかった。肯定も否定もしない。何を言ったところでユルグの意思は変わらないのだと知っているからだ。

 ただ静かに頷いて、わかったと言った。


『知ってはいると思うが、瘴気の毒は死しても尚、消えることはない。故に、死に場所を選ぶ事はできないのだ』


 申し訳無さそうに告げるマモンが言外に何を言おうとしているのか。ユルグには分かっていた。

 以前、倒した黒死の龍。あれの死骸だってその場に放置せずにしっかりと然るべき場所にて処置したのだ。自分もそうなるのだろうと、ユルグも薄々感づいてはいた。だから、思ったほどに動揺はしていない。


 差し伸べられた手を取ると、ユルグは立ち上がった。


『歩けるか?』

「ああ……最期くらいちゃんとしないと格好悪いだろ」


 口元に微かな笑みを浮かべて、マモンからヨエルを受け取ると腕の中に抱く。

 いつの間にかヨエルは泣き止んでいて、まあるい目をぱっちりと開いてユルグのことをじっと見つめていた。


「俺はもうお前の傍にはいられないんだ」


 ユルグの話す言葉は、まだ生まれたばかりの赤子には伝わらないだろう。それでも、きっとこれが最後になる。だから、例え伝わらなくとも想いは言葉にしなければ。


「愛してる」


 柔いほっぺに口付けを落とすと、一度ヨエルをマモンに預ける。

 今まで肌身離さず持っていた首飾りを懐から取り出すと、サイズの合っていないヨエルの首にかけてやる。二人分の指輪が繋がれた革のそれは、ミアとユルグのものだ。これくらいしか形見として残してやれないが、息子のヨエルに渡すべきだと判断した。



 ふと窓の外に目を向けると、相変わらずの雪景色が広がっている。曇り空から舞い落ちる雪はしんしんと音も無く降り積もっていくだろう。見栄えの悪い空模様に、ユルグはやれやれと嘆息した。


「出来れば晴れの日に逝きたかったんだけどな」


 最初から最後まで何も成せない人生だったけれど、最期くらいは晴れやかな気持ちでいたいのに、そんなちっぽけな願いも叶えられないらしい。


 自虐に笑みを浮かべて身支度を整える。着る必要はないけれど外套を羽織って、肌着のヨエルを毛布でくるんでやる。

 そうして、抱っこ紐を肩に通して胸元に背負ったところで――誰かが小屋の扉をノックした。


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