虎の威を借る
フィノの計画とは、何のことはない。真正面から看守に頼みこむことだった。
けれど、フィノもライエと同じハーフエルフである。彼女の二の舞になるかと思われたが……昔のフィノならばそうであっただろう。しかし、今のフィノはこれでも顔が利くのだ。
過日の一件。魔王を打倒した英雄として、図らずも彼女の存在は誰もが知るものとなっていた。この国……皇帝に仕える兵士ならば尚のこと。それに加えてアリアンネとも親交が深いならば、兵にとってはこれ以上ない脅しに他ならない。
だから、フィノが矢面に立って看守との交渉に当たる。ライエは彼女の背後に控えて事の成り行きを見守っていた。
「面会させて!!」
「いえっ、しかしそれは……出来ません」
フィノと対話する看守は、面会したいと告げられて……なぜか、ライエに視線を向けた。彼女の存在を確認するかのような素振りを見せて――それから歯切れが悪そうに口籠もる。
何かやましいことでもあるのか。彼の態度はやけに挙動不審だった。それがライエに対してなのか。理由は不明だが確実に何かしらの隠し事を秘めている。
それを見抜いたフィノはさらに看守へと詰め寄った。
「どうして!? 会って少し話すだけだよ!」
「面会対象の囚人は、重罪人です。許可できない――」
「私の父はただの盗人だよ。人殺しもしていないし、誰かを傷つけてもいない」
フィノの背後から顔を出したライエが反論する。けれど看守はかぶりを振った。
「グレンヴィルの貴族家からのお達しです。許可できません」
「……っ、グレンヴィル」
息を呑んで呟いたライエは、苦い顔をする。
――グレンヴィル。
その名をフィノは知らなかった。けれど、看守やライエの態度から察するにそれなりの権力を持った一族なのだろう。
「グレンヴィル……って、なに?」
「私のクソ親父のことだよ」
「え!?」
目を見張ったフィノに、ライエはぽつぽつと話してくれた。
「グレンヴィルと父の間には因縁があってね。私のこともあるし……だから目の敵にしてるんだよ」
「んぅ、そうなんだ」
ライエの話を聞き終えたフィノは、考え込む。
貴族が介入しているとなると、このエルフの看守だっておいそれと逆らえないだろう。けれど対抗手段ならばある。
「それって皇帝よりも偉くないよね」
「うん、そうだけど……え、なに?」
フィノの含みのある発言にライエは訝しむ。突き刺さる視線を受け流して、フィノは再び看守と向き合った。
「アリア……皇帝陛下に許可はもらえると思う。それでもダメ?」
「うっ、……そもそも、じゃ……ハーフエルフには囚人への面会は許可されていないのです」
「だから! それはもうなくなったの!!」
冷や汗をかきながら看守の彼は苦し紛れの嘘を吐いた。仕事柄、例の法制が改まったことを知らないはずはない。分かっていてこんな、すぐにバレる嘘を言うのだ。
どうしてこんなにも拒絶するのか。フィノには彼の真意を測りかねていた。
それでも、何を言っても彼は首を縦には振らないだろう。圧力を掛けられているのならば尚更だ。彼個人の裁量ではどうにも出来ない部分が存在している。
この問題をどうにかするには、やはりアリアンネの協力を仰ぐしかない――
「……君は、サルヴァの一人娘だろう?」
そう思っていたら、いきなり看守が尋ねてきた。
彼が話しかけたのはフィノにではない。背後にいるライエにだ。その口調は、彼女のことを多少は知っているような口振りである。
けれど、ライエはこの看守のことなど知らなかった。知り合いならばここまで話は拗れないだろうし、尋ねられた本人も困惑していた。
「そうだけど……どうしてそれを」
「君の話は彼から何度も聞かされたものだ。目に入れても痛くない、一人娘が居るとね」
彼は穏やかな声音で話し出す。先ほどとは打って変わって、まっすぐにライエを見据える瞳には微かな意思が宿っているように見える。
「サルヴァって?」
「私の父のこと。今の話し振りだとそれなりに親しかったみたいだけど」
こそこそと耳打ちをしていると、看守は尚も続ける。
「君の言う通り、彼は人殺しもしていないし誰かを傷つけてもいない。こんな場所に何年も放り込まれる必要なんてないんだ」
「それって……」
「彼らには絶対に外には出すなと言われているんだ。私のようなただの看守には、その命令に逆らうことなど出来なかった。ここにいる凶悪犯の中で、どれだけ彼が善人であるかを知っていてもどうすることも出来ないんだ」
看守は悔しそうに唇を噛んで表情を歪めた。
初めはハーフエルフを邪険にして意地悪をしているのだと思っていたが……どうやらそういうわけでは無さそうである。
でも、だったらどうして彼はライエにあんな態度を取ったのだろう。
不思議に思ったフィノだったが、その疑問はすぐに解けることになった。




