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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第四章
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後継の条件

 ユルグが討たれた後、あの場を納めてくれたのはアリアンネだった。


 彼女は歓喜に沸き立つ兵士たちを宥めて、なんとかあの場からフィノを逃がそうと考えていたのだ。

 本来ならば魔王を討った英雄として立ってもらうのが筋なのだが、今のフィノの状態ではそんなことが出来るとは思えなかったのだろう。そして、彼女の予想は当たっていた。


 玉座の間へと繋がる大扉の前を守っていたマモンは、頃合いを見てユルグの元へと戻っていた。彼がフィノへと引導を頼んだ瞬間も、その後の事もすべて見ていたのだ。

 その上で断言するならば……ユルグの思い描いていた後始末の方法は、フィノにとってはあまりにも過酷過ぎた。


 もちろん、彼の考えはマモンも承知していたことだ。それに異を唱える事はしないが……仮にも師弟の間柄ですることではない。自らを慕ってくれて、好いてくれている者にしていい仕打ちではないのだ。

 今となってはマモンも共犯である。何を言えたものでもないが、フィノの心情を思えば居たたまれない。




 ===




 ――事の発端は、討たれたユルグが目を覚ました後。


 王城の離れにある一室で目覚めたユルグに、フィノは開口一番――涙声で喚きながら「ごめんなさい」と言った。

 それを、寝起きの頭で意識が覚束ない状態で聞いたユルグは、何なんだと眉を潜めた。どう考えてもフィノが謝る必要などどこにも無いのだ。


「……なんでお前が謝るんだ。おか、しいだろ」

「だ、だって」

「あれでよかったんだ」


 死の床に伏した老人のように、掠れた声で言ってユルグはベッドの傍に佇むフィノを見つめた。

 彼女の顔は酷い有様だった。ずっと泣いていたのか。目は泣き腫らしていて、今のユルグといい勝負である。


「よ、よくない! だってこんなっ、こんなに手が冷たいのに!」

「それは……たぶん、元から」

「すぐバレる嘘吐かないで!!」


 起きがけの鈍い頭に叫び声が響き渡る。それに顔を顰めるユルグに、フィノは握っていた手をさらにきつく握りしめた。


 それを傍で見ていたマモンは、フィノの心境を察していた。

 彼女はユルグを心の底から心配しているのだ。何を当たり前の事をと思うかもしれないが、必要なことだったとはいえ、自らの手でかろうじて生きていた師匠の命を絶ったのだ。罪悪感がないわけでも、ましてや憎悪を抱いてやったことでもない。


 そのことはこの場にいる誰もが知っていること。けれど、だからといって心に生まれた罪の意識はすぐには消えてくれないのだ。それに押し潰されないように、こうして他の何かに心を割いていなければ自分を保っていられないのだろう。


 ユルグが目覚めるまで、フィノはずっと「ごめんなさい」と謝っていた。無意識の謝罪に、マモンもフィノのせいではないと何度も言ったが、彼女は聞き入れなかった。

 明らかに以前のフィノとかけ離れた姿を目にして、マモンはやっとその異常性に気づいた。昔のフィノと……村で出会った時のフィノとは明らかに違うことに、気づいてしまったのだ。


 そのことを認識していたマモンは、ユルグが目覚めた所で一度影に身を潜めた。そうして一方的に語りかける。


『あの時の約束を違えるつもりはない。だが……あれは今のフィノにはあまりにも酷すぎるのではないか? 気持ちは分かるが、死んだ後も恨まれるようなことは、お主も望むところではないだろう』


 マモンの意見に、ユルグは失笑する。

 いきなり笑い出したユルグに、フィノは目を瞬かせた。彼の顔をじっと見つめても何も答えは出てこないけれど、久しぶりのユルグの笑んだ表情を見て感情が静まっていく。


「おししょう?」

「……フィノ。お前、この後どうするつもりだ?」

「ど、どうって……ユルグと一緒に皆のところに戻るよ」

「俺が言っているのは、その後のことだ」


 いきなりの問いかけに、フィノはうろうろと虚空に視線を彷徨わせた。

 ユルグと一緒に皆の元へ帰ったら、フィノは彼の傍を離れないつもりだ。一緒にヨエルの面倒を見るのも良いだろう。生まれたばかりの赤ん坊の世話は彼一人では大変だろうし、手伝いを申し出ても断られることはないはずだ。

 魔王を倒した英雄だとか、そんな大仰な栄誉はいらない。ユルグはフィノへ自由に生きろと言ったのだ。だったら、こんな生き方だって許されるはず。


 徒然と考えを巡らせながら彷徨わせていた視線を元に戻す頃、ユルグは続く言葉を放った。


「俺がいなくなった後、お前はどうする?」


 その一言に、鼓動が跳ねる。脳裏に過ぎる想像にフィノは慌てて頭を振った。


「いっ……いやなこと、聞かないでよ」

「大事なことなんだ」


 きっぱりと言い切ったユルグの言葉にフィノは何も答えられなかった。俯いて口籠もっている彼女を見つめて、さらにユルグは続ける。


「お前、前に言ったよな。俺の為に生きたいって」

「う、うん」

「でもそれだと困るんだよ。死んだ人間の為に生きるなんて、馬鹿なことされちゃかなわない」


 のっぴきならない発言にフィノは声を荒げそうになった。けれどそれよりも早くユルグはあることをフィノへと突き付けたのだった。


「だから、お前に魔王を継がせるわけにはいかない」


 静かに、しかし確固たる意思を持って紡がれた言葉に、フィノは目を見開いて固まった。こんなことを言われるとは夢にも思っていなかったからだ。


「なっ、――なんで!?」


 意味が分からないと詰め寄ると、フィノの態度にユルグは一度息を吐き出して疑問に答える。


「もしそうなったらお前は俺のやり残したことを成そうとするだろ。わかるんだよ。これでも師匠だからな。……お前には、俺のような生き方はして欲しくないんだ」


 マモンを継ぐということは、彼の背負う運命を共に受け入れるということだ。そこには今まで以上に過酷な運命が待ち受けている。誰からも理解されない孤独や苦痛に苛まれるのだ。


 そうなって欲しくないのだ、とユルグはフィノへと語ってくれた。


「それでも……どうしてもって言うなら。俺の寿命が尽きる前に、マモンがいなくてもどうにか出来る方法を見つけろ。それが最大限の譲歩で、お前に対しての保険だ」

「どうにかって……そんなこと、どうするの」

「だから、それを見つけろって言っているんだよ」


 ユルグの条件にフィノは言葉を失った。そんなことは絶対に不可能だからだ。

 マモンなしで瘴気をどうにか出来るならば、この二千年の間に成されているはずだ。けれど未だ魔王だよりの世界である。


 どう考えても無理なことを、ユルグはやれと言っているのだ。


 もちろん可能性はゼロじゃないかもしれない。未だ解読が出来ていない石版にヒントが記されているかもしれない。希望はある。けれど、絶対ではない。


「も、もし……フィノが間に合わなかったらどうするの?」

「その時は他の誰かに譲渡する。世界は広いんだ。一人くらい生贄になっても良いっていう奇特なやつがいるかもしれないしな」

「だ、だったらフィノが!」

「だから……それは出来ないって言っているだろ」


 ユルグは頑なだった。フィノが何を言っても彼は考えを変えないだろう。


 てっきりユルグはマモンの後継をフィノへと託すと思っていた。今までそういった素振りは、少しだけあったしフィノもそれを望んでいた。

 何よりもユルグの傍にいる誰かで、フィノ以外の適任はいないのだ。だから必然的にそうなると信じていた。


 ――けれどここに来て任せられない、だ。


「っ、マモン!!」

『なんだ?』


 フィノの怒声に、影から出てきた鎧姿のマモンは微かに肩を震わせている彼女を見遣る。


「マモンはそれでいいの!?」

『異論はない』

「だっ、な、なんで!?」

『……そうさな。ユルグの為に生きるのならば、他の生き方もあるのではないか? 己を継ぐことは、死期を早める行いだ。己もそれは望んではいないのだよ』


 フィノへと投げかけた言葉は、彼の本心からでたものだ。けれど、残念なことにそれはフィノには届いてはくれなかった。


「なんで二人とも、そんなこと言うの? そんなのっ……見てるだけで何も出来ないのは、もう嫌なのに」


 唇を噛んで悔しげに俯くフィノの身体は震えていた。


 その様子を見て、マモンはフィノが不憫でならなかった。けれど、これはユルグの決断でもある。それを覆すことだけはしてはいけないのだ。

 マモンが彼にしてやれることは、最早それしかない。だったら最期の願いを聞き届けることが、彼への償いでもあり弔いでもあるのだ。


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