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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第三章
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魔王の決断

 

 点々と続く血痕を追うように、フィノは玉座の間の最奥へと歩みを進める。

 手に持った剣を取り落とさないように握りしめて、顔を上げると見知った背中が見えた。


「おっ、……ユルグ!」


 声を張り上げて名を呼ぶと、ふらふらとした足取りで進んでいた身体が止まった。

 こちらを振り向いたユルグの顔は誰のものかも分からない血に塗れている。それに加えて身体中に刻まれた裂傷からとめどなく溢れてくる血は、手足を伝って床に血痕を残している。


 普通の人間ならば死んでいてもおかしくはない。けれどユルグは魔王の器だ。死にはしない。けれど、あの状態では身体が持たないのも事実。今の彼は歩くだけでも精一杯なのだろう。

 その証拠に……防げなかったのか。腹部に刺さった剣をなんとか片腕に力を込めて引き抜くと、開いた傷口からはまた大量の血が零れていく。ふらついたユルグは呆気なく床に倒れてしまった。

 それでも前に進もうとする足を止めることはしない。


「……邪魔はするなよ。お前の相手は全てを終えてからだ」


 血濡れの剣を支えにして立ち上がったユルグは、フィノから顔を背けると再び歩みを進める。

 彼の終着点は玉座で待つアリアンネの元。




 ===




 こちらに一歩ずつ、ゆっくりと近付いてくる死神の足音をアリアンネは黙って聞いていた。

 彼女には既に抵抗する意思はないのだ。ただこの状況を受け入れるだけ。

 やっと待ち望んでいた最期が訪れることに、アリアンネは安堵の息を吐き出した。


 やがて、彼女の面前に、血みどろの魔王が辿り着く。


「もう少し取り乱してくれないとやりがいがないだろ」

「そう言われましても……泣き喚いて助けを乞えばよろしいのですか?」

「今まで殺してきた連中は皆そうだったよ」


 そう言って、ユルグは口元に笑みを浮かべた。

 彼の表情はやけに晴れ晴れとしたものに見えた。以前にアリアンネの元にやってきたユルグとは大違いだ。あの時は何としても殺してやると息巻いていたのに、今の彼からはそんな激情は微塵も感じない。


 そのことを不思議に思って……すぐにアリアンネはその理由が分かった。彼も自分と同じなのだ。

 早く全てを終わらせて楽になりたい。この世に未練などありはしない。だから……終わりたいから死を望んでいる。

 彼の中にはあの時感じた怒りの感情はなくなっているのだ。ここまでアリアンネを殺しに来たのは、計略の完遂のため。その果てに、魔王として討たれることを望んでいる。


 それを察したアリアンネは、座っていた玉座から立ち上がった。


「演技でも、魅せた方が箔は付きますかね?」

「あ? いらないよ、そんなの。でも……前にお前に言っただろ」


 まっすぐにアリアンネを見つめた眼差しは、されど冷ややかなものだった。


「アンタには、苦しんで死んでもらうって」


 ――刹那。


 ユルグは手に持っていた血濡れの剣を、放り投げた。




 後方に放り投げたそれは弧を描いて床にぶつかると、飛び跳ねてフィノの真横に落ちた。

 予想外の展開に、フィノは目を見開いて固まった。それはユルグと対面しているアリアンネも同じだろう。


 今のは手中からすっぽ抜けたようには見えなかった。確実にユルグは剣を手放したのだ。


「なっ、……なんで!?」


 驚愕に叫び声を上げたフィノと同時に、アリアンネは怪訝な眼差しをユルグへと向ける。


「これは……どういうことですか?」

「どうもこうもない。言っただろ。お前には苦しんで死んでもらう」

「それは聞きました! だから今すぐ殺して」

「はははっ、そんなのじゃ生ぬるいだろ?」


 アリアンネにはユルグが何を言っているのか。理解出来ないでいた。

 苦しんで死ねと言うのに、彼にはアリアンネを殺す気はない。誰でも気付ける矛盾を孕んでいる。


 手を伸ばして言い寄ろうとしたアリアンネだったが、それを阻止するようにユルグは答えを示した。


「俺は、お前を殺さない」



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