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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第三章
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袂を分かつ

 

 出来ないのだと告げるユルグに、フィノはどうしてと問う。

 すると彼は、ぽつりぽつりと語り出した。


「あの日、俺が街から戻るとミアはもう死んでたんだ……いつ死んだのかもわからない。どれだけ抱きしめたって、体温さえ感じないんだ。……どうして俺が生きてるんだって思ったよ。あと一年しか生きられないのに……あの場で死ぬべきだったのは俺だったんだ。だから、俺が一番殺したいほど憎いのはアリアンネじゃない。何も出来ずにのうのうと生き残っている俺なんだよ」


 奥歯を噛みしめて、ユルグは続ける。


「でも俺は死ねない。こんなに可笑しな話はないだろ? 勇者だから生かされて、今度は魔王だからって、自分の意思じゃ死ねないんだ」


 彼の言葉の全てには悔恨が渦巻いていた。底なしのそれには既に希望なんてどこにもない。そんなもの、どこにも見いだせないのだ。


「ミアと約束したんだ。後悔しない生き方をさせるって。散々悩んだ挙げ句、そうしようって決めたのに、俺はそれさえも叶えてあげられなかった。……俺が最期まで生きていたいって思えたのは、彼女が傍にいてくれたからだ。……だから――」


 その先にあるであろう言葉を言ってしまう前に、フィノは遮るように声を張り上げた。


「ヨエルは……あの子はどうするの? ユルグがいてあげないと」

「ははっ、たった一年しか生きていられないのによくそんなことが言えるよな。物心つく頃には、どうせ俺の顔なんて忘れてるよ。だったら、初めからいなかったことにしてくれた方が」


 ――それ以上は我慢ならなかった。


 気づけばフィノは、ユルグの頬に平手打ちを見舞っていた。

 パンッ――と、乾いた音が鳴って、頬を張られたユルグは驚きに目を見開く。


「……っ、どうして……ミアの前でもそんなこと言えるの!?」


 顔を歪めて怒りと哀しみがごちゃ混ぜになった感情を吐き出しながら、フィノの目からは涙が零れていく。

 止まることのないそれをごしごしと手の甲で拭っていると、


「何でお前が泣くんだよ。泣きたいのは俺の方だ」

「……っ、だって、おししょうが」


 泣きじゃくるフィノに、ユルグは困ったように苦笑した。


「……なんでかな。あの日から一つも泣けないんだ。哀しいと思っているのに、涙も出てこない。これじゃあ、心の無い化物だ」


 自虐を孕んだ言葉の数々は、聞いていて苦しくなるものばかりだ。それをどうにかしてやりたいとは思うけれど、フィノに出来る事はない。

 きっと誰にも彼の心を癒やすことなんて、出来やしないのだ。


「俺が間違っていることは分かっているんだ。……誰をどれだけ殺しても、何も戻らない。何も変わらないんだ。だったら、何を取るのが最善なのか。俺だって理解しているさ。でも……もう後戻りは出来ないんだ」


 彼の本心が見え隠れした言葉は、苛烈な復讐とはほど遠いもののように思えた。きっとユルグも心の底では分かっているのだ。けれど、既に取り返しの付かない所まで来ている。その事も、彼は理解している。

 だからどれだけ重ねても、フィノの言葉は一つも届かないのだ。


「お前はアリアンネが何をしようとしているのか。知っているんだろ」

「……うん」

「だったら、俺がここで全てを無かったことにして、中途半端な状態にしてしまったら……どうなると思う? 何が起こると思う?」


 そう言って、ユルグは口元に薄く笑みを浮かべた。

 不気味とも思えるそれに答えが浮かばなくて、フィノは固唾を呑んだ。


「あいつは俺を動かすためにミアを殺したんだ。そこまでした相手に慈悲はあると思うか? 俺がここで全てを捨てて戻っても、また奪われる。もうそんな思いはたくさんだ。だから……俺が終わらせなきゃならないんだ」


 ――終わらせなきゃならない。


 ユルグの言うそれは、アリアンネの計略を完遂することを指しているのだろう。

 各国の王を殺して……最後には魔王として討たれる。そこで、千年続いてきた慣習を終わらせる。これ以上何の犠牲も出さないために。


 けれど、何よりも彼が守りたいものは産まれたばかりの我が子だ。そこに矛先が向かわないように、ここで足を止める訳にはいかないのだとユルグは告げた。


 曝け出したユルグの想いに、フィノは何も言えなかった。黙ったままのフィノに、彼は別れの言葉を告げる。


「それじゃあ、俺はもう行くよ」

「……どこに行くの」

「聞かなくても分かるだろ」


 フィノが握っていた手を振りほどこうと、ユルグは手を払う。

 けれどそれを握りしめたまま、フィノは唇を噛みしめた。


「いっ……いやだよ。いかないで」


 結局、フィノではどうあってもユルグを説得など出来なかったのだ。たかが弟子の戯れ言などでは、彼の歩みは止まらない。

 だからこうして無様に縋り付くことしか出来ないのだ。


「……お前はこの状況で、自分の我儘がまかり通ると思っているのか?」


 ――感情の籠もらない冷たい声音と眼差しを持って、ユルグはフィノへと問いかける。


「俺がお前の言葉に素直に従って、何もかも諦めると思ってるのか!?」


 ――怒気を込めて荒げた声と共に、掴んでいた手を振り払われる。


「違うだろ……そんな簡単なわけないよな。だから、今ここではっきりさせておくべきなんだよ」


 みっともなく、地面に尻餅をついたフィノはただただ語りかけてくるその声だけを聞いていた。

 この後、ユルグが何を選択するのか……それに感づいていても、どうしても顔を背けることは出来なかったのだ。


「俺はお前に何を言われても絆されることは無い。だったら、お前がすべきことは一つだ」


 伸ばした手が背負っている剣の柄に触れる。

 燃え盛る炎を背にして、フィノが敬愛しているお師匠は無慈悲に告げた。



「俺を止めたいなら、殺す気でかかってこい」


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