牢外での告解
その微笑はフィノも幾度となく目にしてきたものだ。見た目はどこも変わっていないのに、それでも今の彼女はフィノの知らないアリアンネである。
どうしてかそのことに哀しくなって、言葉に詰まっているとアリアンネは傍に侍らせていた兵士に命じる。
「貴方は席を外してください。わたくしは彼女と話があるのです」
「しかし……っ、分かりました」
アリアンネの命令に兵士は引き下がっていった。
今この場にはフィノとアリアンネ、両者しかいない。
静寂が支配する中、彼女は牢の前に椅子を引いて座ると呆然としているフィノの目を見つめる。
赤色の瞳からはアリアンネが何を考えているのか、僅かも知れない。けれど、それでも彼女には聞かなければならないことが沢山あるのだ。
「本当はお茶でも飲みながら話すべきなのですけど、彼らがどうしても許してくれないのです。お客人に対してあまりに不躾ですけど……話が終わったのならそこから出して差し上げますので、もうしばらく辛抱してくださいね」
穏やかな話口調は、フィノが知るアリアンネである。だから余計混乱してしまう。
ユルグからも今のアリアンネは前とは違うと言われていたが、フィノにはあまり実感はなかったのだ。
だって彼女は本当に、いつも通りにしか見えなかったのだから。
「それで、何が聞きたいのですか? 貴女のお師匠様のこと? それとも、ミアのことですか? ティナについては貴女のお師匠様に聞いた方が納得のいく答えがもらえると思いますよ」
アリアンネの言葉は、全てフィノの最悪の予想を肯定するものだった。
ユルグはアリアンネに会いに来ていて、彼女はミアのことにも関わりがある。そして、ティナについても。
一月前に侵入した賊というのは、ユルグのことを言っていたのだ。
全てが、信じたくもない事実だった。
「なっ……なんで。なんでこんなことになったの? みんな、なにもわるいこと、してないのに」
呟くように言ったフィノの独白に、アリアンネは微かに表情を歪めた。いつもの微笑は成りを潜めて、そこには隠していたであろう彼女の感情が表れている。
「……誰が悪いわけでもありません。けれど、成すべきことを成すには、何かを犠牲にしなければ辿り着けない。綺麗事では志半ばで倒れてしまう。それだけは絶対にあってはならないのです」
「……いみわからないよ」
フィノの心の底からの訴えに、アリアンネは瞳を伏せる。
彼女の言葉はどうあってもフィノの心には響かないのだ。きっとユルグだってそうだったろう。
一月前、彼はまっさきにアリアンネの元を訪ねた。それは今まで知り得た情報から考えると確実なはずだ。
大事な人を殺されて、怒り狂っている人間にどんな言葉も届かない。本当ならば……アリアンネが一連の事件に何かしらの関わりがあるのならば、彼女は今生きていないはずだ。
それなのに、フィノの目の前には五体満足な状態で佇んでいる。
そのことに奇妙さを覚えて下げていた顔を上げると、瞬間アリアンネと目が合った。
「……そうですね。貴女に理解してもらうには、初めから説明する必要があるみたいです」
その一言に、フィノは自然と背筋が正された。牢屋の冷たい石畳に座り込んで聞こえてくる言葉を待つ。
きっとこの先には救いなんてない。けれど、目を逸らして耳を塞いではいられないのだ。
「ようやく役者が揃ったのですから、貴女だけ何も知らないままとはいかないでしょう?」
そうして、アリアンネは語り出した。
――一月前に起こった出来事について。
 




