瓦解していく日常
善は急げということで王城へと向かったフィノだったが、取り次いでくれた城勤めのエルフ兵はフィノの容姿を見留めると鼻で笑った。
「お前のような邪血が皇帝陛下にお目通り叶うと思うか? 思い上がりも甚だしい。分かったらさっさと去れ。目障りだ」
「……っ、なんでそんなこと言うの!?」
兵士の態度にフィノは憤慨した。謂われのない仕打ちである。
思わず叩きのめそうかとも思ったが、そんなことをしてしまったら更にややこしい事態に発展しかねない。
なんとか怒りを収めて、フィノは第二案を考える。
フィノが遙々アルディア帝国の帝都へと来たのは、アリアンネに話を聞くためだ。それ以外の目的はないし、一刻も早くユルグを追いかけたいフィノにとってはここで時間を無駄にするわけにはいかない。
――だったらどうするか。
何にせよ、目の前の兵士では話にならない。であればフィノの話が通じる人を用立ててその人に取り次いでもらえば良い。
そんなことが出来る人物を、一人だけ。フィノは知っていた。
「じゃあ、ティナに会わせて!」
「……ティナ? ああ、あの使用人のことか」
兵士は彼女の名を耳にすると、知ったような口振りで頷いた。
皇帝ではなく使用人ならばフィノでも会えるはず。加えてティナもフィノと同じハーフエルフである。邪血と呼んで侮るのならばさっきのように渋るとも考えられない。
我ながら妙案を思いついたと嬉しくなっていると、兵士は思ってもみないことを言い出した。
「あの使用人ならばもうここには居ない」
「……え?」
彼は驚きに目を見開いたフィノを一瞥して、続けた。
「一月前に侵入した賊に斬られてな……だが、皇帝陛下を守って死ねたのだ。あの女も本望だろう」
兵士の言葉は、すべて頭の中を素通りしていった。
「う、うそだ!」
「嘘なものか。そのせいで今も城の警備は厳しいのだ。お前のようなどこの馬の骨とも知らぬ邪血を城に招くわけにはいかない。分かったのならさっさと」
「うそいわないでっ!!」
穏便に済ませるというのも忘れて、気づけばフィノは兵士へと掴みかかっていた。それに彼は表情を歪めて、あからさまな溜息を吐き出す。
「その手を離せ。これ以上何かするようならば、身柄を拘束することになるぞ」
「……っ、いいから! 早くアリアに会わせてよ!!」
瞳に涙を溜めて訴えるフィノに、掴みかかられた兵士は冷ややかな視線を向ける。
今一度嘆息すると、彼は事務的に不審者の対処をするのだった。
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抵抗虚しく冷たい牢に入れられたフィノは膝を抱えて蹲っていた。
本当ならばこんな所に放り込まれている場合ではない。けれど、今すぐにここから脱獄しようなどとは、どうしても思えなかった。未だ心の整理が付いていないのだ。
フィノには何が起こっているのか、まるで分からなかった。
ミアはいなくなって、ユルグは勝手にどこかに行って……ティナもいつの間にか消えていて。アリアンネもフィノの知っている彼女ではなくなってしまった。
まるで、フィノの知っている全てが音も無く形を崩して瓦解していくみたいだ。
一度崩れてしまえば、元に戻す方法は無い。ただ黙って消え去るのを見ているだけ。
「なんで……っ、こんなの」
こんな結末は誰も望んじゃいないのに。気づいたときには既に手遅れで、どうにもならない。
そしてこの先も――破滅は免れないだろう。
「なんとかしなくちゃ」
何が出来るかなんて分からない。もしかしたら既にフィノに出来る事なんて無いのかも知れない。けれど、このまま黙って指をくわえて待っていろなんて。そんなのはどうあっても許せないのだ。
「こちらです」
膝頭に顔を埋めていると、牢の外から何やら声が聞こえてきた。
それに顔を上げて、こちらに近付いてくる足音に耳を澄ませる。すると、少ししてフィノの面前に現われたのは、見知った人物だった。
「久しぶりですね。……一年振りでしょうか」
「……っ、アリア」
鉄格子を隔てた向こう側には、お忍び衣装である赤いローブを纏った、アルディア帝国皇帝――アリアンネが佇んでいた。
 




