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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第二章
25/561

再会

*************

一部修正しました。

 

 白昼夢でも見ているのかと思った。


 そう錯覚するほどに今の状況はユルグにとって、どだい信じられるものではなかったのだ。


 こちらを心配そうに覗き込むその顔を、仮面越しに穴が空くほど凝視する。

 顔が似ている他の誰かと思いたかったが、何年も一緒に暮らしてきた幼馴染みを間違えるほど耄碌(もうろく)はしていない。


 見間違いでも無ければ幻覚を見ている訳でも無い。

 ユルグの目の前に居るのは、確かに彼の幼馴染みであるミアだった。



 声を掛けられて数秒、やっとのことでその答えに行き着いた。


 それからゆっくりと自分の身体を確認して、彼女の問いがボロボロの状態のユルグを見ての言葉だと理解する。

 思考回路が恐ろしく緩慢になっていて、それに顔を顰めながらなんとか答える。


「あ、ああ……だいじょうぶ」


 掠れた声で返事をすると、ミアはじっくりとユルグの身体を見直した。

 そうして納得のいかない顔をする。


 それもそうだ。

 回復魔法で応急処置はしたが、怪我自体には何もしていない。

 包帯でも巻ければ良いが、満足に片腕も動かないこの状態では余計に体力を使う。

 少しの間放って置いても大丈夫だと判断して、そのままにしていたのだ。


「ええと……包帯、持ってます?」


 彼女の問いに頷いて手持ちの背嚢(はいのう)を指差す。

 ミアはそこから包帯を取り出すと、ユルグの傍に膝をついて怪我をした箇所に巻いていく。


「本当に、大丈夫だから」

「これを大丈夫って、誰が見ても違うって答えると思うけどなあ」


 言葉尻に笑みを混ぜて、彼女は答える。


 至近距離にある横顔に、いつ正体がばれるかと内心ひやひやしながら、ユルグはされるがままに黙っていた。

 余計な事をして墓穴を掘るわけにはいかない。


 ミアがなぜこの街に居るのか、ユルグにはてんで見当が付かなかった。

 疲弊した脳内で必死に考えを絞るが、少しも答えは出ない。


 国内なら分かる。しかし、ここは国の外だ。

 ミアはずっと村で育ってきた。そんな村娘が勝手も知らぬ国の街に進んで来る訳が無い。


 そもそも、彼女がユルグを追いかけてくる意図が判然としないのだ。

 そうすることに何の意味があるのか。

 ユルグを恨んで憎んでいても、心配する道理など彼女には一つもないのだ。


 だとしたら、誰かに唆されて連れてこられたのか。

 彼女はユルグの――勇者の幼馴染みだ。利用価値は十二分にある。


 けれど、だからといってユルグにはどうすることも出来ない。

 あんなことをしでかしておいて、どの面下げて彼女の前に立つことが出来るというのか。

 これから先、何年経とうとも死ぬまでミアの元には戻らない。

 ユルグも、きっと彼女だってそれを望んでいるはずだ。

 それでもこうして間近に居て触れられると、ゆるゆると決意が揺らいでしまう。


 唇を噛みしめて、ユルグは小さく息を吐き出した。


 これ以上うだうだと考え込むのは、なんとも不毛である。



「ありがとう」


 包帯を巻き終えたところで礼を述べると、「どういたしまして」と声が返ってきた。


 突き刺さる視線に気づかないふりをして、立ち上がろうと脚に力を込める。

 左脚の痛みはそれほどではない。しかし、未だ毒素が抜けきっていない為、力が入らない。

 自然と左脚を引き摺るような状態になってしまう。


 それを見ていたミアは何を言うでもなくユルグの左腕を掴んだ。


「肩、貸しますよ」


 一瞬、申し出を断ろうとしたユルグだったが、このままでは身動きが取れない。

 逡巡した後に、宿まで手を貸して貰うことにした。


「そこの、居酒屋の隣の宿まで頼む」


 告げると、ミアは「わかりました」と頷いた。


 宿へと向かう道中、ミアは何も聞いてこなかった。


 あそこで何をしていたのか。どうしてこんな怪我を負っていたのか。

 気にならないはずはないのに、あえて尋ねようとはしない。

 彼女なりの気遣いというやつだろう。ユルグにとって、今はそれがとても有り難い。


 蝸牛の歩みで宿の前まで辿り着くと、入り口の辺りで赤いローブを着込んだ女が立ち尽くしていた。

 金の髪色に赤い瞳。あの特徴からするとエルフであろう。


 遠目から観察していると、件の人物はこちらへ近付いてきた。

 それに一瞬身構えたユルグだったが――


「ミア……その人は?」


 彼女はミアとユルグを交互に見つめておずおずと尋ねる。


 どうやら、このエルフの女はミアの顔見知りらしい。

 ユルグの知る限りではエルフの知り合いはいないはずだが、一体どこで知り合ったのやら。


「怪我をしてたのを見つけて、宿まで手を貸してあげてたの」

「そうですか」


 エルフの視線がユルグへと注がれる。

 何をそんなに見ているのかと思っていれば、不意に彼女が口を開いた。


「そうだ。良かったらこれ、使って下さい。効き目はバッチリですから」


 にこやかに告げて、ユルグへと押しつけてきたものは幾つかの薬包だった。

 いきなりのことに戸惑っていれば、代わりにミアが彼女へと問う。


「これは?」

「神経毒に効く薬草を調合したものです。エルフは薬学に精通していますから、こういうものは常備しているんですよ」

「へえ……アリアは何でも知ってるんだね」


 呑気に感心しているミアの隣で、ユルグは得体の知れない怖気を感じていた。


 このアリアと呼ばれたエルフ、一見穏和に見えるがかなりの切れ者だ。

 ユルグの状態を少し見ただけで、あそこまで推察したのだから。

 注意深く観察すれば毒にやられたのだと見抜けるだろうが、そんなのは誰しも出来ることではない。


 内心を悟られないように警戒していれば、そんなユルグを置き去りにして二人の会話は続く。


「ミアの方はどうでした?」

「私は全然……この人を拾ったくらいかな」

「わたくしも同じです。そもそも勇者様の顔も知らないので、無駄足でしたね」

「あの手配書、全然似てないもの。びっくりだよ」


 穏やかな会話が続く中、これ以上彼女らに関わるのは得策では無いとユルグは判断した。


 どんな理由があるのかは知らないが、二人はユルグを捜しているらしい。

 正体がばれる前に、この場から離れた方が良さそうだ。


「それじゃあ、俺はこれで」

「部屋まで送らなくても大丈夫ですか?」

「ああ、助かったよ。ありがとう」


 軽く挨拶を交わして、未だ重い脚を引き摺りながら宿屋の扉を潜る。


 予想外の事態に陥ったが、まだリカバリーは利く。

 夜になるまでには身体も満足に動かせるだろう。


 その間に準備を済ませて――予定は早まるが今夜街を出よう。




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