再会
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一部修正しました。
白昼夢でも見ているのかと思った。
そう錯覚するほどに今の状況はユルグにとって、どだい信じられるものではなかったのだ。
こちらを心配そうに覗き込むその顔を、仮面越しに穴が空くほど凝視する。
顔が似ている他の誰かと思いたかったが、何年も一緒に暮らしてきた幼馴染みを間違えるほど耄碌はしていない。
見間違いでも無ければ幻覚を見ている訳でも無い。
ユルグの目の前に居るのは、確かに彼の幼馴染みであるミアだった。
声を掛けられて数秒、やっとのことでその答えに行き着いた。
それからゆっくりと自分の身体を確認して、彼女の問いがボロボロの状態のユルグを見ての言葉だと理解する。
思考回路が恐ろしく緩慢になっていて、それに顔を顰めながらなんとか答える。
「あ、ああ……だいじょうぶ」
掠れた声で返事をすると、ミアはじっくりとユルグの身体を見直した。
そうして納得のいかない顔をする。
それもそうだ。
回復魔法で応急処置はしたが、怪我自体には何もしていない。
包帯でも巻ければ良いが、満足に片腕も動かないこの状態では余計に体力を使う。
少しの間放って置いても大丈夫だと判断して、そのままにしていたのだ。
「ええと……包帯、持ってます?」
彼女の問いに頷いて手持ちの背嚢を指差す。
ミアはそこから包帯を取り出すと、ユルグの傍に膝をついて怪我をした箇所に巻いていく。
「本当に、大丈夫だから」
「これを大丈夫って、誰が見ても違うって答えると思うけどなあ」
言葉尻に笑みを混ぜて、彼女は答える。
至近距離にある横顔に、いつ正体がばれるかと内心ひやひやしながら、ユルグはされるがままに黙っていた。
余計な事をして墓穴を掘るわけにはいかない。
ミアがなぜこの街に居るのか、ユルグにはてんで見当が付かなかった。
疲弊した脳内で必死に考えを絞るが、少しも答えは出ない。
国内なら分かる。しかし、ここは国の外だ。
ミアはずっと村で育ってきた。そんな村娘が勝手も知らぬ国の街に進んで来る訳が無い。
そもそも、彼女がユルグを追いかけてくる意図が判然としないのだ。
そうすることに何の意味があるのか。
ユルグを恨んで憎んでいても、心配する道理など彼女には一つもないのだ。
だとしたら、誰かに唆されて連れてこられたのか。
彼女はユルグの――勇者の幼馴染みだ。利用価値は十二分にある。
けれど、だからといってユルグにはどうすることも出来ない。
あんなことをしでかしておいて、どの面下げて彼女の前に立つことが出来るというのか。
これから先、何年経とうとも死ぬまでミアの元には戻らない。
ユルグも、きっと彼女だってそれを望んでいるはずだ。
それでもこうして間近に居て触れられると、ゆるゆると決意が揺らいでしまう。
唇を噛みしめて、ユルグは小さく息を吐き出した。
これ以上うだうだと考え込むのは、なんとも不毛である。
「ありがとう」
包帯を巻き終えたところで礼を述べると、「どういたしまして」と声が返ってきた。
突き刺さる視線に気づかないふりをして、立ち上がろうと脚に力を込める。
左脚の痛みはそれほどではない。しかし、未だ毒素が抜けきっていない為、力が入らない。
自然と左脚を引き摺るような状態になってしまう。
それを見ていたミアは何を言うでもなくユルグの左腕を掴んだ。
「肩、貸しますよ」
一瞬、申し出を断ろうとしたユルグだったが、このままでは身動きが取れない。
逡巡した後に、宿まで手を貸して貰うことにした。
「そこの、居酒屋の隣の宿まで頼む」
告げると、ミアは「わかりました」と頷いた。
宿へと向かう道中、ミアは何も聞いてこなかった。
あそこで何をしていたのか。どうしてこんな怪我を負っていたのか。
気にならないはずはないのに、あえて尋ねようとはしない。
彼女なりの気遣いというやつだろう。ユルグにとって、今はそれがとても有り難い。
蝸牛の歩みで宿の前まで辿り着くと、入り口の辺りで赤いローブを着込んだ女が立ち尽くしていた。
金の髪色に赤い瞳。あの特徴からするとエルフであろう。
遠目から観察していると、件の人物はこちらへ近付いてきた。
それに一瞬身構えたユルグだったが――
「ミア……その人は?」
彼女はミアとユルグを交互に見つめておずおずと尋ねる。
どうやら、このエルフの女はミアの顔見知りらしい。
ユルグの知る限りではエルフの知り合いはいないはずだが、一体どこで知り合ったのやら。
「怪我をしてたのを見つけて、宿まで手を貸してあげてたの」
「そうですか」
エルフの視線がユルグへと注がれる。
何をそんなに見ているのかと思っていれば、不意に彼女が口を開いた。
「そうだ。良かったらこれ、使って下さい。効き目はバッチリですから」
にこやかに告げて、ユルグへと押しつけてきたものは幾つかの薬包だった。
いきなりのことに戸惑っていれば、代わりにミアが彼女へと問う。
「これは?」
「神経毒に効く薬草を調合したものです。エルフは薬学に精通していますから、こういうものは常備しているんですよ」
「へえ……アリアは何でも知ってるんだね」
呑気に感心しているミアの隣で、ユルグは得体の知れない怖気を感じていた。
このアリアと呼ばれたエルフ、一見穏和に見えるがかなりの切れ者だ。
ユルグの状態を少し見ただけで、あそこまで推察したのだから。
注意深く観察すれば毒にやられたのだと見抜けるだろうが、そんなのは誰しも出来ることではない。
内心を悟られないように警戒していれば、そんなユルグを置き去りにして二人の会話は続く。
「ミアの方はどうでした?」
「私は全然……この人を拾ったくらいかな」
「わたくしも同じです。そもそも勇者様の顔も知らないので、無駄足でしたね」
「あの手配書、全然似てないもの。びっくりだよ」
穏やかな会話が続く中、これ以上彼女らに関わるのは得策では無いとユルグは判断した。
どんな理由があるのかは知らないが、二人はユルグを捜しているらしい。
正体がばれる前に、この場から離れた方が良さそうだ。
「それじゃあ、俺はこれで」
「部屋まで送らなくても大丈夫ですか?」
「ああ、助かったよ。ありがとう」
軽く挨拶を交わして、未だ重い脚を引き摺りながら宿屋の扉を潜る。
予想外の事態に陥ったが、まだリカバリーは利く。
夜になるまでには身体も満足に動かせるだろう。
その間に準備を済ませて――予定は早まるが今夜街を出よう。