ニアミス
一部、加筆修正しました。
ミア一行がヘルネの街に着いたのは、空が陽の光で色づき始めた明け方のことだった。
「やっと着いた……」
二日間の野宿はミアにとってはとても辛いものだった。
日中は歩き詰めで夜は満足に休息できない。
疲労困憊の状態で、辿り着いた街で一番始めにする事はどうやら二人とも同じのようだ。
「とにかく、お風呂に入ってふかふかのベッドで眠りたい……」
「わたくしも異論はありません」
旅慣れているアリアンネも今回は堪えたようだ。とりあえず、宿を探して休もうということで意見は一致した。
街に入るに当たって、マモンは目立つからと彼女の影へと戻っていく。
「ミア、少し休んだら食事に行きませんか? ちょうどこの宿の隣に美味しそうな食事処があるんです!」
きらきらと瞳を輝かせて言うアリアンネにミアも頷く。
疲れてもいるし、腹も空いている。十分に休息が取れたら腹ごしらえとしよう。この街に居るかも知れないユルグを探すにしても、腹が減ってはなんとやらだ。
風呂で汗や汚れを落とした後、数時間の仮眠を終えて、二人は宿を出ると隣の店へと向かった。
時間は朝食には少し遅くて昼食には少し早いくらい。けれど、先ほどから鳴き続ける腹の虫には逆らえないのだ。
「いらっしゃい。好きなところに座っておくれ!」
店に入ると、女主人の快活とした声が二人を出迎えた。案内に従って、窓際のテーブル席に座ると奥から給仕の少女が寄ってくる。
「このお店のおすすめは何?」
「んぅ……シチュー、すごくおいしい」
「それじゃあ、二つお願いします」
少女は丁寧に頭を下げると、にっこりと微笑んで厨房に戻っていった。
「今の子、ハーフエルフでしたね」
「……言われてみれば」
耳の先が尖っているのが見えた。
けれど、それを言うならミアの正面に座っているアリアンネも同じだ。
初対面の時はローブのフードと髪で耳が隠れていて気づかなかった。彼女がエルフであることは、森の中で遭難しかけている時にわかったことだ。
「エルフとハーフエルフの違いって、外見からじゃあまり見分けが付かないよ」
「純血のエルフは髪と瞳の色が皆同じなんです」
「アリアみたいにってこと?」
「そうですね。だから判別は容易ですよ」
言われて、先ほどの少女を遠目で確認する。
透き通るようなまっしろな髪に、夜を閉じ込めたような藍色の瞳。
なんとも可愛らしい子である。
「でも、ハーフエルフの子がこうして働いているのは珍しいですね」
「どうして?」
「種族的にどうしても見下されがちなんです。特に純血のエルフなんかには、目の敵にされることも多い……わたくしは全く気にしてませんけど」
エルフは自らの血統を誇りに思っているらしい。優越思想と言うやつだ。
ゆえにそれを蔑ろにするハーフエルフを快く思っていない。
勿論、アリアンネのように気にしていない者も居るだろうが、それは少数意見みたいだ。
「そういった事もあって、普通の働き口は斡旋されないんです。何かと災いのタネになりますから」
「色々とややこしいんだねえ」
アリアンネの口から聞く話は、どれもミアが知り得ないものだった。
この世界は随分と複雑に出来ているらしい。村に閉じこもっていたら一生知り得なかったかもしれない。
話し込んでいると、頼んだ料理が運ばれてきた。
「だからハーフエルフは殆どが冒険者を生業にしているんです。あれは種族の括りなんて関係ない職種ですから。良い意味で、楽で自由なんです」
まるで昔を思い出すかのようにしみじみと語って、アリアはシチューを口にする。
「う~ん、これは絶品ですね」
釣られるようにミアも食べると、本当に美味しい。
柔らかく煮込まれた肉はほろほろと口の中で溶けていく。
「やっぱり、美味しいものは一人よりも誰かと食べるのが一番ですね。マモンも食べれたら良いんですが、彼はそういうものじゃないので……とっても損をしてますよ」
「うん、そうだね」
緩やかに会話をしながら、ふとミアはあることが気になった。スプーンの先をシチューに沈めて、対面しているアリアンネへと眼差しを向ける。
「アリアは昔、冒険者をやっていたの?」
尋ねると、彼女は薄らと口元に微笑を刻んだ。
「昔はそうでした。でも、今はどうなんでしょう」
奇妙な答えにミアは眉を寄せる。
答えになっているような、そうでないような。不思議な物言いだ。
「もしかして聞いちゃいけなかった?」
「いいえ。でも、そうですね……全てが終わったらもう一度冒険者として生きるのも悪くないかもしれないですね」
意味ありげなそれに、ミアは内心首を傾げながらも、それ以上踏み込んではいけない気がしてぬるくなったシチューを頬張る。
きっと何かしら事情があるんだ。そっとしておこう。
「――というわけで、食べ終わったら早速、勇者様を探しましょう!」
「んうっ、……うん、そうだね」
唐突な切り替えに、シチューが気管に入ってむせる。
アリアンネはたまにこういうところがある。上手く言い表せないけれど、不思議な人なのだ。
「あれから二日は経っているので、まだ街に留まっている可能性は半々ってところでしょうね」
「それじゃあ、まだここに居ると仮定して……ユルグが行きそうな場所、かあ」
「次の街に向かうにしても何かと入り用になりますから、やることと言ったら路銀の確保だと思います」
作戦会議の末、二手に分かれて街中を探すことになった。
「心配だなあ」
「大丈夫ですよ。マモンも居ますから」
「……心配だなあ」
ミアの心配を余所にアリアンネはやる気満々のようだ。
彼女の場合、マモンが付いてはいるが不安は拭えない。こうなったらミアが人一倍頑張るしかなさそうだ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「ありがとうね。また来ておくれよ」
女主人に挨拶をして支払いを済ませようと財布を探していると、店のドアが開いた。
ベルを鳴らして入ってきた人物は、途轍もなく怪しい風貌をしていた。
無骨な木彫りの仮面に、どうにも近付きがたい雰囲気を醸し出している。
人は見かけで判断するなというけれど、あまり近付きたくはない。
「いらっしゃい、何にする――って、なんだあんたかい。何の用だい」
「何って、飯を食いにきたんだ」
「……好きなところに座りなよ」
女主人の随分素っ気ない物言いに、常連なのかと勘ぐる。
じっと見つめていると、視線に気づいたのか。男がこちらを向きそうだったので、慌てて顔を背ける。変に絡まれでもしたら大変だ。
カウンターに代金を置いて、ミアは逃げるように店を出る。
アリアンネは一足先にユルグを探しに街へと繰り出した。
彼女ばかりに任せるわけにはいかない。
それから一時間ほど、街中を探し回った。
道行く人に聞き込みをしたが、有力な情報は得られない。
手配書も至る所に張り出されていたし、こんなことで見つかったら苦労はしないだろう。
すれ違う人の中には賞金稼ぎのような人間も何人か見かけた。
ミアは彼らについてはよく知らないが、野蛮で手段は選ばないと聞く。
そんな人間が跋扈している街にユルグがいつまでも留まるとは思えない。
もしかしたらこの街には既に居ないのかも。
そんなことを考えながら一度宿に戻ろうと帰路を辿っていると、路地から男が顔面蒼白になりながら這い出てきた。
奇妙に思って路地を覗くと、そこには先ほど店で目撃した男がいた。
なにやら怪我をしているようで、具合も悪そうだ。
少しの間逡巡して、ミアは薄暗い路地に足を踏み入れたのだった。




