想い想われ、こいこがれ 3
あと一話続きます。
「それで、せっかくだからユルグにも協力して欲しいの!」
「おれ?」
唐突に手を握ってお願いをされる。
「家事の手伝いならできる限りするつもり――」
「そうじゃなくて! あなたもフィノの為に何かしてあげて欲しいの!」
「……なにかって」
――ミアと同じように手作りの物を作れと言いたいのか?
そう問うと、彼女はかぶりを振る。
「ユルグにはもっと簡単な事をしてもらおうかな」
「簡単な事……」
「そうだ! 手紙なんてどう!? 私も書こうと思ってたんだ」
「てっ、手紙ぃ!?」
ミアの提案にユルグは心底嫌そうに顔を顰めた。
それを見て彼女はむっと口を尖らせる。
「なによ、そんなに嫌がること?」
「手紙は……勘弁してほしい」
ぐつぐつと煮える鍋の前に立って、ユルグは苦言を呈した。それにミアはどういうことだと詰め寄る。
「なんでそんなこと言うのよ! いいじゃない手紙くらい!」
「にっ、にがてなんだ! そういう物を書くのが、本当に」
「な、なによそれ! 初耳なんだけど!?」
驚くミアは、冷静になってふと昔の事を思い起こす。
ユルグは手紙を書くのが苦手と言った……なんだかそれに思い当たる節があるのだ。
「もしかして……それで私にも手紙の一つも寄越さなかったってこと?」
「それ、いつのはなし」
「昔の話! あなたが村から出て行った後のこと!」
なぜかミアはとても不機嫌だった。
にじり寄られて自ずと後退りしてしまう。足元にあった薪置き場に躓いて、バラバラと積み上げていた薪が床に散らばっていく。
しかしそれに構うこともなく、文句は積もっていく。
「そうよ! ぜったいそう! 私がどれだけ心配してたと思ってるの!? 手紙の一つくらい書いてくれても良かったのに!」
「わ、わるかったよ。でも昔の事だしそんなに怒らなくてもいいだろ」
「昔のことぉ? 今も同じことしようとしてるじゃない。そんなの見苦しい言い訳っていうのよ!」
ミアの文句に反論の余地もない。彼女の言う通りだ。どうにか宥めようとしていると、焦ったユルグを置いてミアはぐつぐつと煮える鍋の火を消した。
「怒ったらお腹すいた。この話は食べながらする。いい?」
「う、……わかった」
逃れられないと悟ったユルグはミアの言葉に素直に従った。
食卓に夕餉を配膳して、対面するように座る。正面から突き刺さる視線が痛い。
気まずさを感じながら器に盛られたスープを一口食べる。元々味は感じない。それでもいつもより味気ないように思えた。
「これ、おいしい」
「それはよかった」
「全然うで、鈍ってないじゃない。ふつうにおいしい」
「でも凝ったものはつくれないよ。簡単なものだけだ」
「それで充分よ。ありがとうね」
さっきと打って変わって、ミアは嬉しそうに笑って微笑んだ。それに和んでいると、それで――と、急に声のトーンが下がる。
「さっきの話だけど」
「はい」
「否定しなかったってことは図星だから?」
「うん、まあ……そうなるな」
当分会いに行けないのだから手紙の一つくらい書いてはどうか、というのは師匠の彼らにも何度か言われたものだ。
エルリレオやカルラはともかく、あのグランツにさえ気遣われる始末。けれどユルグは頑なにそれを拒否した。
「どうして書いてくれなかったの?」
「それは……何を書いていいか、わからないんだ」
これを聞けばみんな、何でもいいと言う。そんなに難しく考える必要は無いと。確かにそうなのだが、それが出来ていればこんなに苦労はしていない。
「うーん……こういうのって手紙の内容がすべてじゃないと思う。気持ちが大事なんじゃない?」
「きもち?」
「そう。あなたが少しでも思いやってくれたって事実が重要なの。極端な話、内容なんてどーでもいいの!」
意気込んで力説するミアにユルグはなるほどと納得する。
なんだか上手く丸め込まれている気はしなくもないが……そういうことだから、と彼女はユルグに再度お願いをした。
「カルロがくるまで時間もあるし、ユルグも頑張って手紙かいてちょうだいね」
「わかった」
ミアの説得にユルグは反論を飲み込んで了承した。
正直言ってやりたくはないが……過去の事を引き合いに出されては無理だとも言えない。
カルロが来るまでの一月、ユルグの悩みと言えばもっぱらそれだった。
ミアは気持ちが大事だというが、だとしてもどうすればいいんだ、というのが正直な所。ユルグはフィノへの手紙にほとほと参っていた。
「にいちゃん、なんだか元気ないね」
『……そうか? 普段通りに見えるが』
「最近ためいきばっかだもん。きっと何かなやんでるんだ!」
エルリレオへと薬草を届けに来ると、ばったりと会ったアルベリクとマモンに邪推をされる。それも図星なのだから尚更バツが悪い。
手紙を書いて欲しいとミアに言われてから数日経ったが、渡された紙は未だ白紙のままだった。藁にも縋る思いで、ユルグはそれとなく少年に意見を求める。
「離れてる人に手紙……ううん、おれなら元気ですかって書くよ?」
少年の助言は無難なものだった。
しかし顔を見せてくれるカルロに聞けば、決まって元気にやっていると言う。わざわざ手紙に書くほどのことでもない。逆も然りだ。
安否の報告以外といっても、平和なこの場所では大きな事件も起きない。話題性に乏しい。なおさらユルグの書くことがなくなっていく。
散々悩んだ挙げ句、結局ユルグは一文字もしたためられなかった。




