想い想われ、こいこがれ 2
街から戻ってくると、ミアは早速なにがしかの作業を始めた。
渡された籠の中から縒り糸と、それを編む織機を取り出してなにやら準備をする。先ほどティルロットに師事していたのはこれのやり方だったのだろう。
「それ、誰にあげるつもりなんだ?」
「ええ? まだ教えられないかなあ」
やけに焦らしてくるミアに、ユルグは当ててやろうと顎をさする。
「贈り物なら……意中の相手とか?」
「それ自分で言っちゃうの?」
呆れたとでも言いたげにミアはユルグを見つめて、挙げ句には格好悪いと心を抉るような物言いをする。
「残念だけど、ユルグにあげるものじゃないからね。そもそもあなたに必要ないものだもの」
完全に突っぱねられたユルグは、肩を落とすと無言で淹れたお茶を啜る。
それにしても予想が外れたいま。ミアが誰を想ってあれを作っているのか、気になってくる。
彼女の交友関係はユルグも知るところ。候補は限られてくる。
いつも世話になっているエルリレオだろうか。意外にもマモンという可能性もある。アルベリクやティルロットも……そもそも、ミアが何を作ろうとしているのかすら、ユルグは知らない。
しかしそれを聞いてもミアは答えてくれないだろう。適当にはぐらかして、出来るまでのお楽しみ! とか言い出すんだ。
「まあ、楽しそうならいいか」
気になるが、ミアが秘密にしたいというなら余計な詮索はしない。
いずれ完成はするのだから、彼女の言う通り楽しみにして待っていよう。
そう決めた――二時間後。
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特にどこに出掛けるでもなく。穏やかな日々を過ごすだけであっても、それを送っていくにはすべきことが山ほどある。
そんな中、ユルグの仕事と言えばもっぱら力仕事が主だった。
薪割りに小屋の周囲の雪かき。特に後者は毎日やらなければ積もった雪で外に出られない事態に陥る。
かなりの体力を使う仕事で、流石にこれをミアにやれとは言えない。
そんなわけで、朝、夕の二回に分けて雪かきをするわけだが……たった今その二回目を終えて小屋に戻ってきたユルグは途端に目を円くした。
「これは……」
夕日が落ちて夜が迫る時間帯。
いつもならば既に夕飯の支度に取りかかっている頃だ。けれど、どういうわけか。まったくその準備がされていない。
味覚がない為、食欲もほとんど湧かないが腹は減る。生きている限り食事は大事だ。肉体労働をした後は特に。
けれど、ミアは数時間前にユルグが外に行くときと同じ格好で、延々と織物をしていた。
「……うん、まあ、いいか」
夕飯はどうしたんだ、とか。声を掛けるべきか悩んで、ユルグはそっとしておくことにした。
なんだかものすごく集中しているみたいだし、たまには楽をさせてやりたい。
そうと決まればユルグは外套を脱ぐと夕飯の支度を始める。
失敗してはいけないからと簡単なもの……煮込むだけのスープを作っていると、室内に立ち込める料理の匂いに気づいたミアが、突然声をあげて立ち上がった。
「もうこんな時間!?」
叫んだかと思えば、すぐさま夕食を作っているユルグの元へ駆け寄ってくる。
「ごめんね……言ってくれたら良かったのに」
「いいよ。気にしてない。集中してたし、たまには俺もやんないとな。腕が鈍る」
「ううぅっ」
猛省しているミアは、鍋を掻き回しているユルグの隣でしょんぼりと肩を落とした。別に責めているわけではないし、家事は彼女に任せっきりなのだ。日頃の感謝と思ってくれてもいい。
けれど、どうにもミアは気にしているみたいで落ち込んでしまっている。
しばらくすると、ミアは再度ごめんね、と言った。
「カルロがまた来てくれるって言ってたから、それまでにどうしても完成させておきたくて」
「カルロ?」
突然の話題にユルグは困惑する。
以前カルロが近況報告の為に訪れたのが、二ヶ月前。二回目の訪問だった。その時に気分転換にとカルロがミアを連れて街の散策に出掛けて、しこたま酒を飲んで帰ってきたのはまだ記憶に新しい。
一応とミアは飲酒を控えていたみたいだが、それでも楽しかったようでそれからカルロとは仲が良い。
あの時より既に一ヶ月が経過している。次カルロがここに顔を出すのは一月後だ。ミアはそれまでにどうにかして間に合わせたいのだと言った。
「あのね……フィノに手作りの襟巻きあげたいんだ」
「フィノに?」
猛省の結果、ミアは呆気なく口を割った。
彼女がユルグに秘密にしていたのは、フィノに手作りの贈り物を考えていたからだ。
「あれから一度も戻って来ないし……知らない場所で一人でしょう? きっと寂しい思いしてるんじゃないかって思って。私が会いに行けたら良いんだけど、長旅も身体に負担が掛かるから、何か贈り物でもしようって考えたわけ」
「なるほど……いいんじゃないか?」
ミアの想いを聞いてユルグもそれに賛同する。
フィノなら何を貰っても喜んでくれるはずだ。それが手作りならば尚更である。




