想い想われ、こいこがれ 1
追加エピソードその2です。3話分続きます。
シュネーの山小屋でミアと二人きりで過ごすようになって、数日が過ぎたある日。
日課の薪割りを終えて小屋に戻ってくると、中にいるはずのミアがどこにもいなかった。
「ミア……どこ行ったんだ?」
一瞬、眉を寄せるユルグだったが、そういえばと思い出す。
確か……昼過ぎに街まで用事があるから言ってくる、と今朝話していた。
荷物を適当に小屋の中に置くと、ユルグは外に出る。すると街へ続く道に、点々と足跡が見えた。
薪割りに夢中になっていて気づかなかったが、既に昼を過ぎていたらしい。
「迎えにいくか」
特にする事もなし。迎えに行ったついでに街で食事をしても良いかもしれない。
そう考えたユルグは、足取り軽やかに麓の街へと向かった。
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ミアの行き先はユルグも把握している。
エルリレオとマモンが世話になっている、アルベリクの家だ。けれど、ミアの用事はアルベリクの母親であるティルロットにある。
なんでも教えて貰う事があるとかなんとか……詳しく聞いても秘密と言うから、ユルグも突っ込んで聞かなかった。
それでもどうしても秘密にしたい、というわけでもなさそうで……突然訪問して秘密を暴いてしまっても怒られはしない、はず。
アルベリクの家へ行くと、ちょうど昼餉の時間だった。
「あっ、にいちゃん!」
ユルグの訪問にいち早く気づいたのはアルベリクだった。
少年は食事中だというのに、それを放り出してユルグの傍に寄ってくる。
「どうしてきたの!?」
「することもなくて暇だったから、ミアを迎えに来たんだ」
「そうなんだ。ねえちゃんなら、かあちゃんのところ!」
アルベリクの話に室内を見回すと、ここには彼とエルリレオ。そしてマモンしかいない。
ティルロットが作ったであろう食事が出されてはいるが、件の二人の姿が見えないのだ。
「二人なら隣の部屋にいる。もう少し掛かるだろうから、昼飯でも食べて待っていたらどうだ?」
入り口で立ち尽くしていたユルグにエルリレオが声を掛ける。
それを後押しするかのように、アルベリクがユルグの背を押してテーブルに着かせた。
出されたスープを頂いていると、しばらくして隣の部屋から二人が出てきた。
「あれ? ユルグ、どうしてここに居るの?」
「暇だったから迎えにきたんだ」
「え、ああ……もうこんな時間だったのね」
ごめんね、とミアは謝った。
彼女がこんな風に時間を忘れるなんて珍しい。何にそんなに熱中していたのか。気になっていると――
「それじゃあ、道具は一式渡すから自分で頑張ってみてね」
「はい。ありがとうございます」
ティルロットから渡された籠を持って、ミアは嬉しそうに破顔する。その笑顔を見て、ユルグはますます疑問を募らせた。
いったい何が起こっているのか。皆目見当もつかない。
「出来上がったら儂にも見せておくれよ」
「うん、もちろん!」
『ミアは筋がよいとティルロットも褒めていた。そうそう時間も掛からんかもなあ』
「ユルグよりは手先に自信があるからね!」
「それは頼もしい限りだ」
わはは、と笑いが巻き起こる。
なんだか馬鹿にされていると思いつつも、どうやらこの中で事情をまったく知らないのは自分だけらしい。
そのことに面白くないなと感じていると、ミアがユルグのそばに寄ってきた。
「迎えに来てくれてありがとう」
「いいや、暇だったからいいよ」
「そう? じゃあ少し買い物してから帰ろうよ。欲しいものがあるの」
「欲しいもの?」
ミアのおねだりに、ユルグはこれまた驚いた。彼女がこうして何かを欲しいと言い出すことは稀だ。
なんなんだと思いつつも、断る理由もないからユルグはミアの提案を快諾する。
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アルベリクの家を後にして、ミアと街を歩く。
彼女は終始ご機嫌だった。鼻歌なんか歌って、腕を組みながらユルグの隣を歩く。
それに水を差すようにユルグは尋ねた。
「欲しいものってなんだ?」
「ええっとねえ……あれ」
きょろきょろと首を回して、ミアは目当ての店を見つけると指差す。そこは薬草屋だった。
ミアの答えにユルグはますます困惑する。
そんなユルグを引き連れて店に入るとミアは目当ての物を探す。
「たぶんあるはずって言ってたんだけど……あ、あった!」
彼女が手に取ったのは、乾燥した草。何に使うかも判然としないそれを両手一杯抱えて買い付ける。
「……そんなのどうするんだ?」
「ふふふ、それはまだひみつ! 出来てからのお楽しみよ!」
楽しそうに答えるミアは、皮袋に詰めたそれをユルグに渡す。どうやら荷物持ちをしろと、そういうことらしい。
袋の中身をまじまじと見て、ユルグはひとり首を傾げる。
「ほら、はやく行くよ」
店の入り口からミアが声を掛ける。
それに向かおうとすると、エルフの女店主がこっそりとユルグに教えてくれた。
「それ、染料ですよ」
「せんりょう?」
「ええ、織物を綺麗な色に染めるのに、乾燥させた葉を煮詰めて色を出すんです。いま買っていかれたのは渋みもなく、鮮やかに染まりますよ」
「なるほど」
店主の話を聞いてミアが何をしたいのか、ユルグも薄々感づいた。
先ほどティルロットに渡された籠の中に、たくさんの縒り糸も入っていた。何か織物を自作するつもりなのだ。
誰に贈るものなのかはわからない。しかし、趣味を持つのは良いことだ。
ユルグも手伝ってはいるが家の家事や雑用は殆どミアがやってくれている。することがないから、と本人は言うが働き過ぎなくらいだ。
そんな彼女に熱中できる趣味のひとつやふたつ、出来るのは喜ばしいことである。
――と、その時は思っていた。
 




