雪解け
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それでも無理に立ち上がろうとしたユルグを留めるように、背中をミアが優しく摩ってくれた。
それを黙って受け入れていると、直後聞こえた声に――
「やっぱり、どこか悪いの?」
ユルグは息苦しさも忘れて顔を上げていた。
「……しっていたのか」
今までミアには隠せていると思っていた。疑いをかけられないように誤魔化していたし、それらしい素振りも見せなかった。
実際彼女の態度には変わったところなど見られなかったのだ。
今のことだって、少し体調が悪いと言いくるめてしまえばなんとかなると思っていた。
けれど彼女が発した言葉を聞いて、それは無理であるのだと悟った。
「ううん……私は何も知らなかった。だってあなた、何も言ってくれないんだもの。でも、エルが今のユルグはどう考えてもおかしいって。だからちゃんと見守っていた方が良いって言ってたから、きっと何か隠してるんだろうなとは思ってた。でもユルグはそれを言いたがらないから、知られたくない事だろうと思って今まで聞かなかったんだけどね……こんなの見ちゃったらそうも言ってられないよ」
「はっ……そう、だよな」
次第に落ち着いてきたのを見計らって、ユルグは掠れ声で答える。
それを見てミアはユルグの傍へと椅子を引いてそれに座ると、まっすぐにこちらを見据えた。
「前あなたに、秘密にしていること、ぜんぶ話してって言ったよね」
「……うん」
「あの時と今は状況も違う。それでもまだ話せない?」
「……っ、聞いたらミアは絶対に悲しむ。だから」
「だから言えないって? どう感じるかは私が決めることでしょ」
「……それは」
正論を返されて、ユルグは言葉に詰まった。
俯くユルグに、ミアは手を伸ばして膝上で丸められた拳に触れる。
「どうしてそんなことを言うのか、分からない訳じゃないよ。でも……秘密にされる方が、私は悲しい」
「聞いたら絶対に後悔する」
「知らない方が後悔する」
頑なに、ミアは譲らなかった。
真剣に目を見つめて……その訴えに、ユルグはやっと決心をする。
「…………わかった。秘密にしていたこと、すべて話す」
うろうろと視線を彷徨わせた後、出した答えにミアは無言で頷いた。
パチパチと暖炉の炎が爆ぜる音が木霊する。
限りなく静寂に近い室内で、ユルグの声だけがやけに大きく響いた。
今まであったこと、すべて……勇者と魔王のこと。ユルグを取り巻く状況。
そして……長くは生きられないこと。
それをユルグの口から聞いた瞬間。ミアは触れていた拳を握りしめた。
暖炉の炎を見つめていたユルグの視線は、そっと隣に居るミアに移っていく。
どんな表情をしているのか。確かめなければと思ったのだ。
けれどユルグの予想と反して、ミアに動揺した素振りは見受けられなかった。
「……二年前かな。故郷に帰ってきたとき、ユルグ言ってたでしょう? いつ帰ってくるかも、生きて戻ってくるかも分からないって。私はそれを聞くまで、そんなこと一度も考えたことなかったの」
ミアは突然、昔話をし始めた。何を話したいのか。分からないまま、ユルグは耳を傾ける。
「でもそれが分かった瞬間、ものすごく怖くなった。別れたきりもう会えないこともあるんだって……だから、少しだけ覚悟はしてたんだ。もしかしたら私の知らないところで死んじゃうかもしれない。これが最後の会話になるかもしれないって。……無事に帰ってきてねって言って送り出すけど、頭の隅ではそんなことを考えてた。だから……だから、あなたがどこか知らない場所で死んで、帰って来なかったら。私はずっと後悔していたと思う」
彼女の内情の吐露は、ユルグにとって酷く新鮮なものだった。
心配をかけまいと努めて明るく振る舞っていたのは、ユルグだけではない。ミアも同じだったのだ。
「私に何が出来るわけじゃないけど、それでも目の前で死なれるよりもそれはもっと、ずっと辛いことなの。だから、私の我儘を押し付けることになるけど……長く生きられないなら、私に後悔させる生き方はしないで」
「な、……なんだよそれ」
ミアの告白に、ユルグは呆気に取られてしまった。
けれど……少しして気づいてしまう。
きっと彼女はユルグの願いを分かっていて、こんなことを言い出したのだ。
大事な事をわざと隠していたことも、突き放すような言動も。すべてミアを想ってのことだと、知っていたのだ。
だから、こんな……退路を塞いで逃げられないようなことを言う。
そして、こんなことを言われてしまったら。ユルグには最早為す術は無いのだ。
「……ミアは、それで幸せになれるのか?」
それがユルグの唯一の望みだ。意を決して尋ねると、彼女はきょとんと目を円くした。
「なに言ってるのよ。これからそうなるんじゃない」
「でも、俺はずっと傍には居られない」
「だから他に好きな人見つけて、幸せになって欲しいって? はあ……ユルグ、なんにも分かってないんだから。あなたが私から離れていったら独りになっちゃうでしょ。孤独なままじゃ、幸せになれないの!」
諭すように言って、ミアは椅子から立ち上がった。
そうして、向かい合うようにユルグの膝上に乗り上げる。腕を頭の後ろへ回して、至近距離から見つめる眼差しと目を合わせる。
「これからたくさん愛し合って、幸せになる。それじゃ不満なの?」
「不満は、ないけど」
「あなたは私の為に生きてくれるんでしょ? だったら、それで良いじゃない」
それに答える前に、柔らかな口付けがされる。食むようなそれに応じて舌を差し出すと絡め取られる。
満足したところで離れていった彼女の表情は、蕩けてしまいそうなほどに幸せそうに見えた。
そうして――愛してる、と彼女は言った。心の底から愛しげに、愛を囁くのだ。
それを見て、聞いて。嬉しくないわけがない。
言葉で答える代わりにこちらからキスをすると、ミアははにかんだ笑みをみせた。
気が済んだのか。やんわりと回していた腕を解くと、ユルグの手を取る。
「後悔しない生き方をするって言ったけど」
「うん」
「まずは子作りだよね」
「……え?」
聞こえた声に、一瞬耳を疑う。
……いま、子作りって言ったのか?
固まったままでいるユルグの腕を引いて、ミアは立ち上がるとそのまま引きずるように隣の部屋の寝室までまっすぐに向かっていく。
そうして、あれよあれよという間にユルグはベッドに腰掛けていた。
目の前には立ち尽くしてこちらを見据える幼馴染みの姿。
「ま、まって……まってくれ!」
「なによ」
「幾ら何でも急すぎるだろ! こ、こういうことはもっと手順を踏んで」
「そんなことしてたら、子供の顔見る前にあなた死んじゃうじゃない」
「……いや、流石にそれは」
「無いとも言い切れないでしょ? 昨日だって何もなかったし」
溜息交じりのミアの発言にユルグは顔を赤らめた。
「や……っ、やっぱり分かってたんじゃないか!」
「当たり前よ! ユルグよりは鈍くないですぅ!」
不機嫌そうな顔をして反論すると、彼女は一歩踏み出した。
「大丈夫。格好悪くても笑わないから」
そう言って、のし掛かるように押し倒すと意地の悪い笑みを浮かべる。
「もっと自分の身体を大切にした方がいい!」
「それ、ユルグだけには言われたくないなあ」
「うっ……」
「それで、やるの? やらないの?」
目を見つめて真剣に尋ねてくる。
それに最早腹を括るしかないと悟ったユルグは、無言で頷くのだった。
ふう……。
(これくらいなら大丈夫なはずです。BANされないはず。たぶん)




