予期せぬ邂逅
一部、加筆修正しました。
武器屋にて剣を新調したユルグはギルドへ向かう道すがら、ふと足を止めた。
先ほどから誰かに尾行されている。
ユルグがそれに気づいたのはラーセの店から武器屋へ向かっている時だ。
思い違いならそれに超した事は無いと思っていたが、こうして背後からの視線が途切れることが無いのを鑑みるに、気のせいなどでは無さそうだ。
ラーセの話だと、ここ数日で賞金稼ぎの連中の出入りが増えたと言っていた。
ユルグもそろそろ来る頃かと思っていたが――尻目で確認すると、つけているのは二人。
あれくらいならユルグ一人でも対処出来る。
ここは一度、人気の無い場所へ逃げ込んでしまおう。
しかし、ユルグの目論みは呆気なく潰えてしまう。
路地に入り込むと、男が待ち伏せをしていた。
戻ろうにも追っ手は来ている。腹を括るしか無い。
「……勇者だな?」
対面する男が剣を抜きざまにユルグへと語りかける。
「あんたには莫大な懸賞金が掛かってるんだ。大人しく捕まってくれたら」
「――断る」
「ははっ、だよなあ」
男は口元を歪めると、無造作に間合いを詰めてきた。
賞金稼ぎと言うからには戦い慣れているはずだ。
それなのに随分と粗野な真似をする。
男の言動に警戒を解くこと無く訝しんでいると、間髪入れずに背後からの強襲。
ユルグの背後からナイフを振り下ろしてきた男の攻撃を紙一重で避けると同時に、近づいてきていた男が斬りかかる。
こいつらの武器にはおそらく毒が仕込まれている。
殺さずとも捕まえさえすれば良いのだから、相手の動きを封じるのは上策だ。
ともすれば、相手の間合いに入るのは避けた方が良い。
咄嗟に距離を取ったユルグだったが、それを予測していたのか。
三人目が放ったクロスボウの鏃が、ユルグの右腕に食い込んだ。
死角から放たれたそれに、気づくのが遅れた。
忌々しく舌打ちをすると、それを見て最初に話しかけてきたリーダー格の男がにやりと笑みを浮かべた。
「いくら勇者で回復魔法が使えても、毒の進行は止められても症状は治せないよなあ」
男の言葉通り、回復魔法といっても万能では無い。
毒素を抜く、傷の自然治癒力を増幅させる。それくらいしか出来ない。
それは勇者だからというわけではなく、本職の神官、僧侶とて同じ事だ。
だから、致命傷を負ってしまえばそれまでなのだ。
右腕に刺さった矢を抜いて、投げ捨てる。
即効性の毒でなかったことは僥倖だ。
しかし、だからといってうかうかしていられない。
動きが鈍ればここから逃げ果せるのも難しくなる。
限られた時間でどうするべきか、思考を巡らせる。
こいつらをここで撒いても必ず追いかけてくるだろう。
毒素が抜けきらない身体ではいずれ追いつかれる。
処置をしようにも、それを黙って待ってくれる相手ではないのは一目瞭然だ。
やはり、今この場で叩くしか無い。
間髪入れず斬りかかってきた男の剣撃を抜き身の剣でいなして、横から迫ってくるナイフを躱し蹴りを入れる。
出来た隙をかいくぐってユルグが真っ先に狙ったのは、後方支援のクロスボウだ。
戦闘では先に後方から潰していくのがセオリー。
それを察知していた男は、続く第二射を放った。
至近距離で放たれた矢を、避けること叶わず左脚に受ける。しかし、それしきではユルグは止まらない。
一気に間合いを詰めると、男の頭を右手で鷲掴んだ。
――〈ヒュプノスブレス〉
手を離すと、男は意識を失い膝から地面に崩れ落ちた。
その様子を見ていた男たちは、短く息を呑む。
この魔法をかけられた相手は深い眠りに落ちる。一定時間経過するか術者が解かない限り、どんなことをしても目覚めることは無い。
補助系統の神官、僧侶専用の魔法だ。
けれど、こういった魔法を彼らは使わない――いや、使えないのだ。
そもそも、一般に出回っている魔法では無い。
だったらなぜユルグが習得しているのかというと、ひとえにエルリレオのおかげだ。
彼は五百は優に超えるエルフの智者であった。
魔法の研鑽に余念が無く、ユルグの旅に同行するまでは隠者として魔法の研究をしていたのだ。
ユルグには魔法のなんたるかも奥深さもあまり理解出来なかったが、それでもエルの漠然とした凄さは身に染みていた。
「まだやるのか?」
「ハッ! そんな身体で粋がっても怖くねえんだよ!」
吐き捨てるように男は声を張り上げて向かってきた。
力の入らなくなっている右手から左手に剣を持ち替えると、刀身の根元から剣先に向けて指先を這わせる。
すると、その軌跡を追うようにして刀身が赤く熱を持ち始めた。
武器に魔法の効果を付与する。エンチャントというものだ。
こんな荒技が出来るのは勇者であるユルグくらいである。
このエンチャントは魔法を使用できる者でないと使えない。
付与するだけなら第三者にやって貰えば可能だが、それを維持するには使用者の魔力が必要になる。
戦士職の人間は魔力の扱いに長けたものは殆ど居ない。もし仮にいたとしても戦士程度の魔力量ならすぐ枯渇してしまうのだ。
魔術師が武器を持ち戦うなら、ユルグのようにものに出来るだろうが、彼らのように魔法主体で戦うならそもそも武器など必要ないだろう。
それに加えて魔法を連発するのなら、かなりの集中力を必要とする。武器を扱いながら、というのはあまりにも現実的では無いのだ。
しかし、使えるからと言って多用するものではない。
メリットもあればデメリットもある。
武器に魔法の威力を上乗せするようなものだ。当然威力は格段に上がる。その代わりに武器の消耗が激しくなる。
ユルグが先ほど新調した剣でもこのまま使い続ければあっさりと折れてしまうだろう。買ったばかりだが、おそらくこれでお役御免だ。
特別な鉱石を使って打たれたものなら耐えうるだろうが、そんな業物ものには未だお目に掛かったことはない。
煌々と輝きだした剣を目にした男たちは、ほんの一瞬たじろいだ。
ユルグはその隙を見逃さなかった。
斬り結んだ剣は相手の刀身とせめぎ合うことも無く、あっさりとそれを両断した。
「ぎっ、ああああああ!!」
男は勢いを殺せないまま、熱せられた刃を生身に受け絶叫を上げる。
傷口は切り裂かれて血を流すはずが、熱で焼けただれており無惨なものだ。
仲間ののたうち回る様子を間近で見て、傍にいた男は一歩後退った。
「……まだやるか?」
「クソッ、覚えてろよ!」
剣先を男に向けて凄むと、見事な捨て台詞を吐いて彼は倒れた仲間を担いで路地から出ていった。
静かになった路地裏で、ユルグは握っていた剣を放り投げる。
刀身は既に熱でボロボロと崩れており使い物にならない。
立っているのも億劫になり、壁に背を預けて座り込む。
急いでこの場から離れたいが、とにかく毒の治療をしなければ動くのは難しい。
――〈ポイズンキュア〉
――〈リジェネート〉
左脚に刺さっている矢を引き抜いて、それぞれの傷口に回復魔法を掛ける。
けれど、これはあくまでも応急処置だ。
手足の痺れ、脱力等、症状を回復させるには見合った薬が必要になる。
幸い、この程度の毒ならばそれほど大事には至らないだろう。
数時間安静にして体内の毒素の巡りを活性化させなければ、徐々に収まっていくはずだ。
しかし、宿に戻ろうにも左脚の感覚は無く動きそうも無い。右腕も同様だ。
壁を伝っていけば戻れるだろうが、そんなことをすれば他の賞金稼ぎどもに目をつけられる恐れもある。
今はここで身を隠している方が安全だ。
目を瞑り、時間が過ぎるのを待つ。
そうしていると、不意に誰かの気配を感じてユルグは目を開けた。
「……大丈夫ですか?」
それと同時に、遠慮がちに掛けられる声。なぜか聞き覚えのあるそれに、声の主へと視線を向ける。
直後に、ユルグは目を見開いて固まった。一瞬、息をするのも忘れて釘付けにされる。
彼の目の前に現れたのは、故郷に置き去りにしてきたはずの幼馴染みだった。




