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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 最終章
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逃れられぬ業【※】

 マモンにはユルグの考えがまったく読めないでいた。


 必要に迫られているのなら、この決断にも頷ける。しかし、今ここで匣の瘴気を全て浄化する必要は無いのだ。

 時間を掛けて……負担を最小限に留めて、その間にログワイドが遺した手掛かりを解読できる可能性だってある。それ如何によっては瘴気を消せる可能性だってあるのだ。

 むざむざ命を投げ打つことはないというのに、ユルグは頑なだ。


 まるでそれしか残されていないとでも言うような鬼気迫る様子に、マモンは不気味さすら感じた。


『……ミアのことはいいのか?』


 その一言に、今まで頑としていたユルグの態度に変化が表れた。

 マモンを見つめていた眼差しはゆるゆると下がっていき、彼の手元へと注がれる。何かを迷っているような、思い詰めているような。そんな態度を醸し出す彼を見るならば、マモンでも何かしらがあったのだと察せられる。


 けれど、フィノのように聡いわけではないのだ。彼女ならユルグの些細な異変にも気付けただろうが、マモンではそうはいかない。元よりこうなった元凶であるマモンに対して、彼は心を開かないだろう。


 しかし、ユルグの行いが間違っていることだけはマモンにもはっきりと分かるのだ。せっかく手にした安寧を自ら捨て去る行いを、愚行と呼ばずなんとするのか。


「お前には……お前らには、俺がどうしてこんなことをするのか分からないだろうな」

『分からぬが、馬鹿なことをしているというのは理解出来る。例え共に居られる時間が僅かでも傍に居てやるべきではないのか?』


 マモンの訴えにユルグは落としていた視線を上げた。

 その眼差しは、昔の……初めて出会った頃のユルグと同じように見えた。暗く淀んでいて、何にも期待していない。そんな目をしている。


「はははっ、……ほらな。やっぱり、何も分かっちゃいない」


 乾いた笑い声がマモンの耳朶を打った。

 静寂の中、響く嘲笑は誰に向けたものなのか。それを理解する間もなく、ユルグは言葉を吐き出すようにして語り出す。


「俺は自分の幸せなんて少しも望んじゃいない。叶いっこないって分かっているからだ。勇者になってから今まで生きてきて、骨身に染みているんだよ。……だったらどうすればいい? 何が最善だ? そんなのは飽きるほど考えてきた。そして、決まって出る答えはいつも同じなんだ」


 吐露された心情は、彼が今まで抱えてきた不安や絶望、それらが綯い交ぜになってドロドロに溶け合ったものだ。

 その苦しみは本人にしか理解出来ないものであるのだろう。


 マモンはもちろんのこと、ミアやフィノ。彼の師匠であるエルリレオだって。真に分かってやることは出来ないのだ。


「ミアは俺よりも長生きするはずだ。俺の人生の二倍も三倍も生きる。それが分かっていて、それでも俺が死ぬまで傍に居てくれなんて言えるわけないだろ。それを望んでしまったら、後になって苦しむのは俺じゃない。俺が心の底から愛している彼女だ」


 きっとこれが、ユルグが考えに考え抜いた末に出した決断なのだろう。それでも表情を歪めて苦しげに吐露する姿は、内心それを否定したい自身もいるからだ。

 どうにもならないジレンマを抱えている。

 きっと彼の人生で何か一つでも違っていれば、ここまで拗れることもなかったはずだ。今更それを言ったところで無意味ではあるが……誰にも積み重なった氷塊を溶かすことは出来ないのだ。


「……でも、どうせ何を言っても離れていかないんだろうな」


 掠れた声で笑って、ユルグは疲れ切ったように焦燥した面持ちで頭を垂れる。


 ――それでも、どうしてか。このまま放って置くわけにはいかないと、マモンは思ってしまった。


『ミアはそのことを知っているのか?』

「言えるわけがないだろ。五年しか生きられないって、馬鹿正直に打ち明けろって?」


 冷淡な笑みを浮かべるユルグに、マモンは正面からそれと向かい合う。


『なぜ言わない。どうして向き合わない。悲しませるからか? 辛い思いをさせるからか? 事実を突き付けられて何を思うかはミアが決めることだ。お主が一方的に決めつけることではない』


 頭上から投げかけられた一言に、ユルグは怒りに身を任せて荒々しく立ち上がった。

 奥歯を噛みしめて掴みかからんとする勢いで声を張り上げる。


「……っ、黙れッ! お前さえいなければ、俺は」

『ハハハッ、奇遇だな。己も同じことを思っていたよ。二千年の間ずっとだ』


 自身へと向ける自虐は高々二十も生きていないユルグと比べて、年季の入ったものだ。

 自らの運命を呪うことは既に幾度もしてきた。それが無意味なことだと気づいたマモンは、あることを悟ったのだ。


『いいか、心して聞け。貴様はこの業からは逃れられん。己と同じ、最初から逃げ道など用意されてはいないのだ。だったら、苦しかろうが辛かろうが、逃げずに向き合う他はない。いい加減、覚悟を決めたらどうだ』


 確信を突いた鋭い言葉は、ユルグの中に燻っている迷いをあけすけにさせるものだった。

 何よりもそれを、自身を心ない化物と揶揄したマモンから突き付けられる。なんとも皮肉なものであろう。


『それでも尚、考えを改めないのならば……これ以上干渉はしない。好きにしろ。身を案じてくれる者が傍にいながら、それを蔑ろにして惨めに残りの人生を生きるが良い』


 お前のせいでこうなったのだと責めるユルグにとっては、マモンの気遣いなど余計なものだ。火に油を注ぐ行いだろう。


 それでもかつての……唯一無二の友人の背中と重なる男には、言わねばならぬと思ったのだ。


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