目には目を
「本来の流れに戻そうってわけか」
世界の仕組みを変える為に魔王の器を元あった者に返す。
一番手っ取り早い方法がそれだ。おそらく、それを成した暁に彼らの言う大願は叶う。この村の奴らはそれを信じているのだ。
おそらく村長である彼の扇動も含まれているのだろうが……だから、ユルグをここに留めておいて、フィノを天辺に据える。
村長が思い描いている計画はこんなところだろう。
であれば時が来るまでユルグはここに囚われることになる。もちろん、そんな悠長にしている時間もないし、するつもりもない。
「カルロ、脱獄の手助けをしてくれないか」
「うん、私もそのつもりで――」
直後、彼女の言葉を遮るように鉄格子を隔てた牢屋内に、黒犬のマモンが湧いて出てきた。
「うびゃああ!!」
突然のことにカルロは仰け反ると物凄い速さで壁際へと後退していった。
ユルグの影から湧き出たマモンはそれを見てなんとも言えない顔をしている。
『何やら奇妙な事態になっているな』
「ああ、丁度良かった。この鉄格子を壊せるか?」
『ふむ、やってみよう』
そう言ってマモンは地面を這う影となって鉄格子の向こう側へ出て行った。カルロの傍で再び姿を現わした彼は鎧姿で、いとも簡単に鉄格子をひしゃげてしまう。
「うわあ……びっくりだよ」
マモンの変わり身を見たカルロは驚きに口を開けて呆けている。
そんな彼女を尻目に牢から出たユルグはついでに手錠も壊してもらった。これで自由の身である。
「このひと、話せたんだね」
『うむ、今まで犬の振りをしていたが、己はマモンという。良いマモンだ』
「よろしく。というか私が犬嫌いって知っててわざとそうしてたってこと?」
『うぐ……すまない。悪気があったわけではないのだ』
恨みがましいじっとりた視線を受けてマモンは首を竦める。
「脱獄できたのは良いが、このままのこのこ戻る訳にはいかないか」
この村には石版を求めてやってきた。目的を果たせぬまま逃げることだけは避けたい。となれば、もう少し泳がせておいた方が良い。
「俺はこのまま身を隠す。マモンは犬の振りをしてフィノに近付いてくれ」
『了解した』
「カルロは俺の脱獄がバレないようになんとか取りはからってくれ」
「うん、わかった」
ユルグの手筈通りにマモンは黒犬になると牢の外へと出て行った。
しかし、姿を隠すといっても何もしないままとはいかない。カルロの作戦が空振りになる可能性だってあるのだ。そうなった場合、第二案を考えておくに越したことはない。
「……石版はどこにあるんだ?」
「たぶん村長が保管してるだろうね。隠し場所は私にも分からない」
「上手く取り入って探れないか?」
ユルグの提案にカルロは渋い顔をした。
「それは……難しいと思う。あの時はお兄さんを使って取り入ったけど、私のことはまだ完全に信用してはいないと思うんだよね。少なくとも警戒はされているんじゃないかな」
「その状態で疑いを掛けられる行動はしない方が良いな」
「まあ、多少は探ってみるけどは期待しないで」
この作戦も望みは薄い。となれば……振り出しに戻るしかなさそうだ。
「だったら村長を籠絡した方が手っ取り早いってことだな」
「そうそう、だから私の作戦がベストってこと!」
それにはユルグも同意見だ。けれどこれについてはあまり乗り気ではなかった。
なんと言っても、この作戦の肝はフィノがどれだけ上手く立ち回れるかに掛かっている。
「……不安しかない」
「そこまで懸念することもないと思うけどなあ。お兄さんが捕まってから少し時間が経ったけど、あのクソ爺なら必死に愛しの皇子様を口説いてたからね。問題は無さそう」
カルロは大丈夫だと言うが、どうしてもユルグにはそう思えないのだ。
十中八九、師匠に危害を加えられてフィノは腹を立てているはず。そんな状態では冷静な判断を下せるわけがない。それにユルグのようにこの村の内情を知らないのだ。
石版を入手するという目的はフィノも承知しているが、上手くそれに繋げられるか。
「……上手くやってくれよ」
マモンが向かってくれたから、今はそれに期待するしかなさそうだ。




