異端者の集う村
魔物を倒した旨を伝えると、公王は約束通りログワイドが遺した石版の閲覧を許可してくれた。
保管してあった一室に入ると、そこにはテーブルの上に並べられた十枚の石版がある。公王の言う通り、掘られている文字は古代語であるのだろう。ユルグも覚えのないものだ。
「お前はこれを読めるのか?」
『……いいや、残念ながらさっぱりだ』
ユルグの中に隠れているマモンに声を掛けると、予想通りの答えが返ってきた。
二千年生きているマモンが知らないとなると、手立てがないように思えるが……昔エルリレオに古代語について少し話を聞いたような気がする。
今では使われてもいない古代の遺産のような言語であるが、学術的な探究心とでも言うのだろうか。エルリレオは単純に興味があって少し齧っていたらしい。
古代語についてはそれを研究する学者もいるらしいから、ユルグの師である彼が希有な存在というわけでもなさそうだ。
「こいつは書き写して、解読するにはエルの力を借りた方が良さそうだな」
『それが良いだろうが……ここにある石版がすべてとは言えないわけだ』
マモンの言葉にユルグも思い至る。
公王が押収した石版は一部だと言っていた。この他にもどこかにあるはずだ。とはいえ、それを探す手掛かりなど無いに等しい。
「残りの石版について、何か当てはあるか?」
『……うむ。確証はないが、ログワイドが遺したというものならば奴が終の棲家にしていた場所に行けば何か分かるかもしれんな』
「お前はその場所を知っているのか」
『ああ、ここから南に向かった場所にある。行く当てもないのならそこを目指しても良いだろう』
マモンの意見にユルグは頷いた。
――そういえば、カルロの故郷の村もここより南にあると言っていた。
===
「というわけで、次の目的地は南だ」
宿の部屋に戻って早々、テーブルに地図を広げて説明する。
それを聞いていた二人……特にカルロは何やら嫌そうな顔をしていた。
「ねえ、その目的地ってこの辺りだったりする?」
地図上におずおずと指差した地点を見遣ると、それは森の中だった。
『確かその辺りだったと記憶している』
「そのつもりだ」
隠れているマモンの声は、カルロが示した箇所が目的地だと告げた。
「マジかあ……」
「何でお前がそれを知っているんだ?」
「何でって、そりゃあ。そこが私の故郷だからだよ。南にある村なんてそこくらいしかないからね」
さらりと告げた事実にユルグは驚きに目を見開く。
当然今でも誰かしらの痕跡は残っていると思っていたが、まさかその村出身の奴がこんなに近くにいるとは夢にも思わない。
けれどユルグにとってはなんとも僥倖である。
「だったら道案内を頼めるか?」
「……本当に行くの? やめた方がいいと思うけどなあ」
しかしカルロは村に戻ることには積極的ではなかった。むしろ嫌がっているように見える。
「何か帰りたくない理由でもあるのか」
「お兄さんたちにとっては何でも無いけど、あの場所には出来れば戻りたくないかな。とーっても面倒くさいし」
そういえば彼女は故郷の村の方針とやらが合わなくて飛び出してきたのだと言っていた。こうして乗り気でないのもそれに関係しているのかも知れない。
「普通の村じゃないのか」
「その認識は少し違うんだけど……まあ、行ってみればわかるよ」
そう言ってカルロは重い腰を上げた。
「お兄さんには世話になったからね。これからもう少しの間世話になるつもりだから道案内はしてあげる」
どうやら彼女はまだ着いてくる気満々のようだ。道案内もしてくれるというし、今はそれに甘えておこう。
===
目的地である小さな村はベルゴアよりも南に位置している。深い森の中にあるのだという。
公都への滞在もそこそこにすぐに発ったユルグは来た道を戻り、二日かけてベルゴアまで戻った。
そこで一泊して、南に進むこと一日半。
「この大木に付いている印を辿っていけば村に着くよ」
南の森へ入るとカルロはユルグへと説明した。
「お前は着いてこないのか?」
「言ったでしょ。私は村に帰りたくないんだって! 道案内はここまで!」
「……おわかれするの?」
なんやかんや目を掛けてくれるカルロに懐いていたフィノはしょんぼりと肩を落とす。
頑ななカルロの態度に、それでもユルグは引かなかった。
「俺たちが見知らぬ旅人であることは変わらないし、警戒されかねない。村の内情を知る人間に居てもらった方が俺としては助かるんだ」
ユルグの提案に隣を歩いていたフィノもしきりに頷く。
真摯な訴えにカルロはちらりとこちらを見て、それから深く息を吐き出した。
「……はああ、仕方ない。少しだけだからね」
「やった!」
「だああ! そいつ近寄らせるな!」
黒犬のマモンを抱きかかえたまま近付こうとしたフィノに、カルロは両手を突き出して拒絶する。
それに抗議するようにマモンが吠えた。
「んぅ、こわくないのに」
「昔思いっきり噛まれて以来、犬は駄目なんだよ」
他愛ない話をしながら大木の印を辿って森の中を歩いていると、やがて開けた場所に出た。
村を覆うように丸太で作られた外壁に大きな門扉。
「出入り口はあそこしかないよ」
「門衛がいるな」
門扉の前には武装した門衛が二人。それを見たユルグは違和感に眉を顰める。
「ハーフエルフか?」
ラガレットでハーフエルフを見かける機会は殆ど無い。彼らはこの国では居場所がないし、人目に付かないように生きているから主要な街で見かけることはないのだ。
「珍しいな」
「そんなことないよ。だってここには邪血しかいないからね」
不思議がるユルグにカルロは思ってもみないことを告げるのだった。




