告白
誤字報告ありがとうございます。
リント坑道を出てギルドへ向かい、報酬を受け取る。
依頼報酬の百ガルドにストーンリザードから取れた魔鉱石を合わせると百五十は固いだろう。
予想以上に稼げたことに上機嫌で宿まで戻ると、部屋の前にはフィノがいた。
「ユルグ、おかえり」
今日初めて目にした彼女は昨日と少し変わっていた。
ぼさぼさだった長髪はラーセに切られたのか、さっぱりとしたショートヘアになっている。首にはスカーフを巻いていた。
おしゃれのつもりかと思ったが、あれは首の後ろにある奴隷の証である焼き印を隠すためのものだろう。
今までは髪で隠れていたから目立たなかったが、そのままでは人目を引いてしまう。
これだけで随分と印象は変わるものだ。
「……お前、いつからここに居たんだ」
「んぅ、おしごと、おわってから」
ということは、夕刻から夜が更ける今までずっとか。
「住み込みで働いているんだろ。お前がここに来る必要は無い」
「……んぅ」
フィノは何か言いたげにしていたが、何も言わない。
俯いたままの彼女を無視してユルグは部屋のドアを開けて中に入った。
テーブルに荷物を置くと、ベッドに腰掛ける。
今日から一人部屋に変えたからベッドは一つだけだ。
けれどフィノがいつまでも部屋の前で立ち尽くしているのは、それが原因とは思えない。
「入らないのか」
「……いいの?」
「良いも何も、俺に用があって来たんだろ」
荷物の整理をしながら答えると、フィノはおずおずと部屋に入ってきた。
そうしてユルグの隣に腰掛ける。
「……ユルグ、おこってる?」
「なんだ、いきなり」
フィノの問いかけに手を止めて顔を向ける。
思い詰めているのか、いつもの溌剌さが無いように思う。
煩くなくて良いが、いつまでもこんな調子では面倒だ。
「お前、俺が言ったことを気にしてるのか」
「……んぅ」
「邪魔だ、消えろ、なんて奴隷だったなら今まで散々言われてきただろ。今更そんなので塞ぎ込む必要なんて無い」
フィノに謝ろうなどという気持ちはユルグの中には一切無かった。
それで嫌いになったなどと抜かすのなら、離れていけばいい。
その方がこちらも清々する。
「そう、だけど」
フィノの機嫌は中々治らない。
一つ、大きく息を吐き出すと投げやりに言葉をかける。
「それ、どうしたんだ」
外見の変化を指摘すると、途端にフィノは伏せていた顔を上げた。
口元を緩めた様子に、さっきまで思い悩んでいたのが嘘のように見える。
フィノは、いきなり立ち上がったと思うとユルグの真正面まで来て、その場でくるりと一回転した。
「どう?」
「……良いんじゃないか?」
「むぅ」
ユルグの答えにフィノは不満げだ。
何なんだ、と胸中で愚痴を零しつつ口に出す。
「かわいいとか、似合ってるとか言ってやれば良いのか」
「んぅ……だいなし」
「まあ、少なくとも昨日よりはマシなんじゃないか?」
出会った頃と比べると垢抜けたようにも見える。
ちゃんとした食事も取れているからか、肌艶、血色共に良くなってきているし、これに教養さえ身につければ言うこと無しだ。
「後は俺の邪魔さえしてくれなければ完璧だよ」
「……じゃま?」
「さっさと独り立ちしてくれって言ってるんだ」
荷物整理を再開しながら告げると、フィノはいきなりユルグに抱きついてきた。
完全に意識外の行動に隙を突かれて、二人共々ベッドへ沈み込む。
「――っ、離れろ!」
突き離そうにも背中に腕を回されては上手くいかない。
じゃれているのかなんなのか。
どうしてこんなことをするのか、ユルグにはさっぱりだ。
「お前は何がしたいんだ」
ユルグの問いにフィノは答えない。
彼女は黙ったまま胸に埋めていた顔を上げると、細い指先でユルグの嵌めていた仮面をはぎ取る。
狭まっていた視界が開けて、目の前には口元に笑みを刻んだ少女が、じっとこちらを見つめていた。
夜の闇が溶けたような藍色の瞳に一瞬、意識を絡め取られる。
刹那――唇に触れた柔らかな感触にユルグは目を見開いた。
それはすぐに離れていって、視界の先には先ほどと同様にユルグを見下ろすフィノがいる。
何のつもりだと問おうとしたが、それよりも早く彼女は口を開いた。
「すきなあいてとしろって、ユルグ、いった」
「……は?」
至近距離で囁かれた言葉に、ユルグは思い返す。
昨日、確かにそう言った。
言ったのだが、この展開は予想していない。
そもそも――
「俺の意志はどうなるんだ」
「……んぅ?」
「お前が俺をどう思っていようが、それはお前の自由だ。でもそれに俺を巻き込むな」
強い口調で迫ると、フィノは一瞬たじろいだ。
それからおずおずと尋ねてくる。
「ユルグ、フィノのこと」
「好きなように見えるか?」
「……みえない」
「分かってるなら良いんだ」
とどめの一言と言わんばかりに、離れろと身体を押すとフィノはあっさりと身を引いた。
彼女が何を思ってこんなことをしでかしたのか。
ユルグも朴念仁ではない。それくらいは理解している。
しかし、だからといってフィノの思いを受け入れることなど出来ない。
今まで人として扱われてこなかった奴隷が、初めてまともに扱ってくれた相手に好意を寄せる。
それは自然な流れと言えよう。仕方の無いことだ。
しかしそれは偶然、彼女を助けたのがユルグだったというだけ。
ユルグからしてみれば、こんなのは一時の気の迷いというやつだ。
「もう二度とこんなことはするな」
「んぅ……でも」
「俺は自分のためにお前を助けたんだ。たったそれだけで好きだなんだと言われたら迷惑だ」
「……わかった」
フィノはユルグの言葉に頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
そうしてふらふらとした足取りで部屋を出て行く。
きっと明日はラーセに盛大に文句を言われるだろう。
「参ったな……」
予期せぬ展開に、ユルグは再度溜息を吐き出して項垂れるのだった。




