自由への反抗
一部、加筆修正しました。
両脇を占拠されながら入店した店で、食事を摂ることにした。
もちろん、カルロの分はフィノの奢りである。
カルロが嫌がるから黒犬のマモンは店の外で待たせて、適当な軽食を頼んだユルグの正面では、朝食には重すぎるだろうでかい肉のステーキに、ベルゴア名物の魚料理が所狭しとテーブルに並べられている。
これらはすべてカルロとフィノが頼んだものだ。
「ひっさしぶりにまともな飯食べたよ」
「これほんとにおいしい!」
二人揃ってガツガツと貪っている姿は、広い店内といえども流石に目立つ。
今のところ、メルテルで経験したようないちゃもんを付けられる心配はなさそうだが……それにしたって騒々しい。
フィノもまるで何日も何も食べてない浮浪者のような食いっぷりである。
飯はちゃんと作ってはいたし、味見もしてもらって不味いことはなかったはずだが……ここの料理は相当美味いんだろうな。
「んで、あの人の弟子がなんでこんな所居るわけ? 弟子って言うなら一緒に居ると思ったんだけど」
「カルラは……もういないんだ」
目を逸らして発した一言に、カルロは何があったのか察したのだろう。
一瞬だけ驚いたように目を見開いたかと思うと、口に入れていた物を飲み込んだ。
「ふーん、そっかあ。私よりは長生きするとは思ってなかったけど、それにしたって少し逝くのが早すぎるね。生意気な口答えして出てったくせに、ほんと馬鹿なんだから」
「……わるい」
「なあんでお兄さんが謝るの? 別に責めるつもりはないよ。あの人が死んだのは自分のせいだから。邪血は忌みモノらしく、引きこもってひっそりと暮らしてれば良いのに……自業自得ってやつ!」
手に持っていたナイフを突き付けて、再びそれを肉に突き刺す。
豪快な食べっぷりは、彼女の性格を如実に表しているように見えた。そういう所はカルラと似ているようだけど、でもすべてが似通っているわけでもない。
「お前は自由になりたいってわけじゃなさそうだな」
ユルグの師であるカルラはハーフエルフであったが、それでも生まれ持った境遇に屈してはいなかった。冒険者然り、自由を求めていたのだ。
以前、彼女はこんな話をしてくれた。
確か……どうして勇者の旅に同行しようと思ったのか。理由を聞いた時の話だ。
『なんでって? 考えてもみなさいよ。私みたいなハーフエルフが勇者の旅路に同行して、世界を救っちゃったらどうなると思う?』
――……うーん、みんな凄いって喜んでくれる、かな?
『そうそう。そーいうことよ! きっと、こんなどうしようもない状況だって変わるはずでしょう? だからこうして旅してるわけ! といってもこれは理由の半分で、もう半分はまだ見ぬ美食を味わい尽くすことだから! そこ、アンタも勘違いしちゃダメよ!』
――なんてことを声高に宣言して、グランツとエルリレオに笑われていた。
だから……カルロの考え方はまったくの真逆なのだ。
「邪血には邪血なりの、それ相応な生き方っていうのがあるの!」
「それが物盗りってわけじゃないだろうな?」
「うっ……まあ、今回は活きの良いカモが居たからね」
悪びれた様子もなく笑っているカルロは、ゴクゴクとマグの中身を飲み干す。
結果、こうして飯をおごってもらっているのだからカモというのはあながち間違いでもないわけだ。
苦労してきた分、世渡りも上手そうである。
「はああ、お腹いっぱい。ごちそうさま!」
食べ終わったカルロは正面に座っているユルグを見る。次いで、フィノへと目を向けると突拍子もない事を言い出した。
「そうだ! 私も着いて行ってあげようか!?」
「はあ?」
何をどうすればそんな考えが浮かぶのか。理解に苦しむ。
いきなりのことで困惑しながら、ユルグは苦言を呈した。
「なんでそうなるんだ」
「この子、私たちの生き方っていうものをまったく分かっていないんだもの。お兄さん、結構苦労してるんじゃない?」
「……まあ、間違ってはいない」
渋々頷くとカルロはにっこりと笑って、食事を終えて椅子の背もたれに寄りかかっているフィノにフードを被せてやった。
「だから私が色々教えてあげるよ!」
「……そう言って、食い扶持を得る為に着いてこようとしてるんだろ」
「うわっ、もうバレちゃったかあ」
ちぇっ、と口の中で悪態を吐くとカルロはそっとユルグから視線を外した。
「はいそうです。ご飯食べさせて貰う為に着いていこうとしてるんです!」
「開き直るな」
「カルラの弟子なら、その妹の私の面倒もみるべきでしょ!」
「それは横暴っていうんだ!」
そもそも盗人まがいの事をしている時点で、彼女がどういう生き方をしてきたかは予想がつく。カルロの境遇を思えば同情してやらないこともないが、それでも進んで関わり合いになろうとは思っていない。
師匠の身内ではあるが、この旅の目的を考えれば荷物は少ないに越したことはないのだ。
「じゃあ、金はやるから着いてこないでくれ」
「う……本当にダメ?」
「駄目だ。着いてこられると困る」
「でも私一人でお金持ってても、使えないからなあ」
彼女の言い分は間違ってはいない。ハーフエルフというだけで周囲からの風当たりは強いのだ。ユルグがフィノと行動していてそれをあまり感じないのは、彼女が一人ではないから。
彼女たちが一般の商店で、一人で買い物やら食事をするにはやはり一筋縄ではいかない。何かしら問題が起きることが多いのだ。
端から相手にしていないユルグの態度に、それを見ていたフィノがちょいちょいと袖を引っ張ってきた。
「おししょう、どうしてもダメ?」
「駄目だ。人助けをするために旅をしているんじゃない」
断固としたユルグの態度に、フィノは掴んでいた袖を離して項垂れる。
そんな彼女を眺めながら、カルロは同行を断られたことを気にする素振りもなく、あっけらかんとしている。
「お兄さんはこれからどこに向かうつもりなの?」
「サノワだ。目的は情報収集ってところだな」
「ふうん……何を知りたいわけ?」
興味ありげな彼女の眼差しに、話してみるべきか。
……大元の目的は明かさずに、ただ人捜しをしているだけならば特に怪しまれることもないはずだ。
今のところログワイドの手掛かりはゼロで、どんな情報でも欲しい。
仮にここで彼女に打ち明けて、当たりを引けたなら万々歳。
「ログワイドって奴の事なんだが……」
意を決して聞いてみると、その名を聞いたカルロはごく自然な態度で頷いた。
「ああ、それかあ。ラガレットでその名前はあまり出さない方がいいよ」
「どうしてだ?」
「どうしてって、目の上のタンコブだからだよ。サノワにいる公王サマも、随分苦労してるみたいだしね」
どうやら当たりを引けたみたいだ。




