ふたりきりの時間
宣言通りに翌日――ユルグはミアと共に麓の街へと来ていた。
「結構人が居るんだな」
「うん、私もこの間ティナと一緒に来て、びっくりしちゃった」
道行く大半が商人だが、それでもこうして物資が行き交うまでには、以前と変わらない状態まで街としての機能が回復してきている。喜ばしい事だ。
エルリレオに邪魔をしてはいかんと止められて、フィノとマモンは今日だけ冒険者ギルドでの仕事を休んで彼の手伝いをしている。
別に依頼を受けるんだから邪魔の内には入らないだろうが……それほど広くはない街をうろつかれては存分に楽しめないだろう、というエルリレオの配慮によるものだ。
フィノはそれに少し不満そうだったが、渋々承諾していた。
とはいえ、メイユの街には名所などはなく、多少人の往来もあるが楽しめるものもない。唯一の娯楽と言えるものは屋台巡りくらい。
以前に仲間たちと滞在した時も、美味しいものが沢山あるとカルラがはしゃいでいたのを思い出す。グランツは酒があれば満足する奴だったが、カルラは美味いものに目がなかった。
魔王討伐の旅をする前も色々な場所を点々としていたらしいが、根無し草だった理由の半分は美食を求めて、である。
けれど彼女はハーフエルフだ。大陸の東側では差別も根強くて店に行っても門前払いはザラである。そのため、代わりにユルグが買い出しに走っていた。要は体の良い使い走りだ。
懐かしい思い出を想起しながら二人で大通りを歩いていると、ミアの足が急に止まった。
「どうした?」
「これ、馴鹿肉の串焼き。この間食べたときとっても美味しかったの」
「……串焼きかあ」
確かに、屋台からは美味そうな匂いが漂ってくる。けれど、味を感じられないユルグにとってはどれだけ美味かろうとも、それに感動することはないのだ。
しかし、如何せん。腹は減る。といっても、屋台を巡って食べ歩きをするには、少々堪えることは確かだ。そこそこ空腹が満たされればユルグにとっては拷問に近しい所業である。
――などと、諸々を加味してユルグはミアにある提案をすることにした。
「これ、この間食べたんだろ?」
「……? うん」
「馴鹿肉って聞いたら、昔師匠に聞いた事を思い出したんだ」
脈絡のない話に、ミアは怪訝そうな眼差しをユルグに向けてくる。
「俺の師匠……カルラが美味いって言っていた店が、ここら辺にあると思うからそこに行かないか? 食べ歩くのも良いけど、外は寒いし雪も止みそうにないだろ?」
幼馴染みの頭に積もっていた雪を払って、ずり落ちていた外套のフードを被せる。
「う、うん。そうしよっか」
ユルグの提案に、ミアはふいっと前を向くと傍にあった手を取ってきた。
手を繋いだまま大通りを抜けて静かな路地へと入る。
一年前の記憶で不安だったが目当ての店は開いているようだった。一月前まで無人同然の街だったし、店が畳まれていないか心配だったが杞憂だったようだ。
それに安堵して店に入ると、早速カルラお墨付きの料理を頼む。
「ユルグはここのご飯、食べたことあるの?」
「いいや。本当は一緒に食べに行く予定だったんだけど、グランツに武器屋行くから付き合えって絡まれてたら、その間に食べてきたってさ。カルラは本当に料理の腕は壊滅的だったから、美味いものには人一倍目聡かったんだ」
「へえ、そうなんだ」
対面して席に着いたミアはユルグの話を聞いている最中、笑みを絶やさなかった。
「ユルグは皆の話をしているとき、いつも楽しそうだね」
「……そうかな?」
「うん。そうだよ」
彼女の言葉は確信を突いたものだ。
彼らと旅をした四年間はとても充実したものだった。辛くて苦しいことも沢山あったけれど、それよりも楽しい記憶が思い起こされるのだから。
「今更言う事じゃないかも知れないけど、私ね……ユルグが村を出て行って寂しくないかなって心配だったんだ。だって、知らない人と一緒に知らない場所に行くんだよ。私だったら絶対寂しくなって泣いちゃうもの。……でも、余計な心配だったみたい」
「……そうみたいだな」
そんな話をしていると、注文していた料理が運ばれてきた。
馴鹿肉を果実酒で柔らかく煮込んだ一品。
ほろほろと口の中で溶けていく肉の塊は、絶品なのか。一口食べたミアは目を見開いて固まってしまった。数秒して一口、また一口と匙を口へと運ぶ。
「うっ……すっっっっごい美味いよこれ! ……どうやって作るんだろ」
「足りなかったら俺の分も食べて良いよ」
「えっ!? ……いいの?」
「うん。その代わりもっと味わって食べて欲しい」
その一言で、ミアはカッと顔を赤らめた。
「だ、だってこれ口の中入れたらすぐ溶けちゃうんだもん!」
「はははっ、わかったから」
「笑わないでよ! もう……いただきます!」
「ごめんごめん、どうぞ」
ふくれっ面で、それでも美味しそうに料理を頬張る幼馴染みに、自然と口元に笑みが浮かぶ。
そんなユルグを見つめて、彼女もまた嬉しそうに笑うのだ。
――きっとこれを、幸せと言うのだろう。
===
「ふう、美味しかったね」
「うん」
「これからどうしよっか」
「……そうだなあ」
店先で少しの間考え込んで、目線を大通りへと向ける。
「特に行きたいところがなかったら、俺の用事に付き合って欲しい」
「うん、いいよ」
ミアはユルグの提案に快諾した。
そうして向かったのは……街の酒屋である。
「めずらしい。お酒飲むの?」
「俺だけが飲むんじゃないよ」
否定するとミアは不思議そうな顔をする。
「今度四人で飲み明かそうって約束したんだ。……そろそろ頃合いかと思ってね」
依然、意味が分からないとでも言うように呆けているミアを見遣ってから、ユルグは店主にお勧めの酒を数本見繕ってもらう。
店を出ると、不運な事に天候が荒れていた。吹雪いてはいないが雪が大降りになっている。
「そろそろ戻った方が良いかもしれない」
「もうちょっと色々見て回りたかったけど、仕方ないかあ」
「それはまた今度にしよう」
「……そうだね」
冷たくなってきた指先を掴んで、手を引くと帰路を辿る。
しばらく歩いて、もう少しで帰り着くというところで隣を歩いていたミアの足が止まった。
それに振り返ると、なぜか彼女の表情は心なしか覇気のないものに変わっていたのだ。まるで何か思い詰めているような、そんな表情にユルグがどうしたと声を掛ける前に、
「ねえ、ユルグ」
「どうした?」
「私ずっと考えてたことがあるの」
ミアの一言に、何か話があるのだとユルグは察した。
「外じゃ寒いだろ。小屋の中で」
「ううん、二人だけで話したい」
頑なな彼女の態度に根負けしたユルグは、小屋の外にあるログベンチへと二人で向かう。
積もっていた雪を払って、背負っていた背嚢から毛布を取り出すとそれをミアに被せて座らせる。
「寒くないか?」
「ううん、大丈夫」
ユルグが隣に座ったところで、ミアはようやっと口火を切った。




