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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第十章
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明らかな矛盾

 何者かに噛み付かれたとユルグが気づいた瞬間、影から出てきたマモンが分断するべく両者の間に鉄拳を放った。

 力任せのそれは……しかし、人間よりも馬力があることは間違いない。


「お――っと」


 どんな方法を使ったのか知れないが、ユルグの背後を取って噛み付いてきた竜人はそれを意図も容易く避けた。



 振り返ったユルグが見たものは、骨の身体の竜人だった。


 けれど、たったいま斬り付けた竜人の身体は今も尚、氷域に囚われたまま。

 直前に感じた異変――内側から燃えているようだが……奴の特性を考えるならばこの状況も可能であるのだろう。


 奴は自分で肉体を創ってそれを意のままに操れる。……操る、とは少し違うかも知れない。自分自身に出来ると言い換えた方がしっくりくる。

 そしてそれの上限がどれほどなのか、ユルグは知らない。


 例えば、今の状況のように二体目の竜人に意識を割く事も可能なのかもしれない。それとも、あの状態から乗り換えただけなのか。


「……どういうことだ?」


 だが、そう考えるとおかしなことに気づく。

 奴は何もないところから肉体を創ることは不可能なはずだ。それが出来たのであれば、あのように骨竜の身体を削って創る必要はない。


「惜しかったなあ。今のを食らっていたならば粉々に砕けるところだった」


 この状況を楽しんでいるのか。骨の竜人は言葉尻に笑みを含ませる。こちらはまったく楽しくもないのだが……そもそも、どうして背後を取られたのか。


 ユルグの正面に鎮座している骨竜は動いてすらいないし、体躯の欠損は最初に折って見せた小指以外どこにもないように見える。


「……そうか。あの尻尾の切れ端か」

「ご名答、どうやら頭は緩くは無いらしいな」


 ユルグの足に巻きついた尻尾の先端から肉体を再構築した、ということか。

 元を正せば竜人の身体も骨竜の体躯から出来たものだから、そこから創り上げるのは容易いはず。

 だがあの様子を見るに、先ほど創った時とはどうやら勝手が違うらしい。


 骨の骨格から、徐々に肉がついて身体が形成されているが随分とゆっくりだ。身体の半分以上はまっしろな骨のまま。

 奴も言っていたように、あの身体は脆いはずだ。ならばいち早く完全な状態に持って行きたいはず。しかしそれをしない……いや、できないのか。


 ――だったら、今が絶好のチャンスだ!


 エンチャントによって瓦解した剣を放り出すと、二本目の剣に手を掛ける。

 しかし、マモンを押し退けて斬りかかろうとして動かした足は、(もつ)れて前へ進むことはなかった。


「――っ、ぐぅ」


 そのまま地面へと頭から突っ込むことになり、受け身も取れずに転倒する。

 訳が分からないまま起き上がろうと四肢に力を込めるが……喉奥から漏れるのは苦悶の声ばかり。


『どうした!?』

「これは……戻っているみたいだ」


 身体の変化に気づいたユルグが血の滲んだ腹部に手を当てて答えると、その様子を見た竜人は興味深げに唸り声を上げた。


「ふむ……ああ、分かったぞ。道理でお前、そんな怪我でも動き回れるわけだ」

「お前、さっき噛み付いたときに何かしたな」

「俺のものを返してもらっただけだ。少しだけな」


 たった今身体に起こった変化と彼の言葉から、状況をすり合わせる。


 今まで無痛だった身体に、感覚が戻ってきているのだ。

 奴に噛まれた直後には違和感はなかったが、話を終えた時点で徐々に……極めつけはたった今走り出そうとした時だ。


 昨日魔物に受けた傷はまだ治っていない。エルリレオにもその怪我で出歩くなと言われたばかりだった。その無茶を押し通せたのは、ユルグの痛覚が消失していたから。

 それは魔王の器として瘴気の毒に冒されているからだ。その影響であんな状態になっていたわけだが、どういうことか。

 たった今、それが消え失せてしまった。


「お前は瘴気の毒を無効化出来るのか?」

「あれは元々俺たち四災から溢れたものだ。この大穴の近くならば俺由来のもの。出来て当たり前だろう?」


 マモンに手を借りて起き上がったユルグに、竜人は戦意を潜めて対話に応じる。


「だがそうであってもお前の寿命が延びるわけではない。残念だったな、無人」


 愉快そうに笑みを含ませて、彼はユルグを見遣る。


「どうやっても俺には定命の寿命を延ばすことは出来ない。唯一それが出来るのは絶死だけだ」


 思ってもみない言葉を吐いた竜人に、ユルグは瞠目した。

 ……それだとさっきと話が噛み合わない。


「奴は死をばらまくんだろ。それだとまるっきり逆じゃないか」

「ハハハッ、馬鹿な事を言う。死ななければ始まらないだろう?」

「……はあ?」


 奴が何を言っているのか。ユルグには理解不能だ。おそらく、マモンにも理解出来ていない。怪訝な態度を見せる二人に、竜人は続ける。


「命を持たぬ物に、生きろと言っているようなものだな。まあ……定命には理解できんか。無人ならば尚更だ。それが分かっているのならば、俺たちはこんな大穴の底になど居ない」


 けれど、依然彼の言葉の意図は図れない。

 言い回しが難解で何を伝えたいのか分からないのだ。


 それを見極める前に、満足げに竜人は頷いて話を続ける。


「面白いものを見せてもらった礼だ。今回の事は不問にしよう。俺の退屈も紛れたことだしな。これ以上話がないのなら、さっさと出て行け」

「最後に一つだけ聞かせてくれ」

「なんだ?」

「さっきのことだが、お前は何に気づいたんだ?」


 争う前に竜人は何かに気づいた素振りを見せていた。きっとそれは、ユルグやマモンでは辿り着けない答えのはずだ。


「ああ……簡単なことだ。瘴気も浄化出来ない不完全な魔法なんてものをどうして創りだしたのか、と思ってなあ」


 ――どうして魔法を創りだしたのか。


 確かに言われてみれば、そこには矛盾が存在している。

 瘴気を浄化する、または完全に無効化するには竜人の言う呪詛というものが必須になってくる。魔法ではどう足掻いても瘴気に対しては有効な対処が出来ない。祠にある匣だって一時的に瘴気を封じ込めるだけのものだ。マモンが居なければとっくの昔に世界は瘴気によって覆われているだろう。


 だから、呪詛を廃して魔法を創りだしたことに矛盾が生じるのだ。


 そんなことをしてしまえば、人間含め他の種族や生物も死に絶えてしまう。少なくとも四災を大穴に封印した人間には何の益もない状況になるわけだ。


「……あの阿婆擦れ、どうやら相当人間が憎いとみえる。クハハッ、奴も同じ穴の(むじな)だろうに、可笑しな事だ」

「……阿婆擦れ?」

「一つだけという約束だったろう。これ以上は口を割る事は無い。理解したのならさっさと出て行け」


 ぷいっと顔を逸らした竜人は、ズカズカと二人の横を通り過ぎると骨竜の骨格の下へと潜って消えてしまった。


『歩けるか?』

「……っ、まだ無理そうだ」


 四肢の痛みもだが、一番辛いのは腹部に空いた穴の傷。こればっかりは我慢するなどという次元のものじゃない。激痛に冷や汗が背中を流れていって、歩くことすら困難だ。


『今の状態は一時的なものだろう。先ほど取り込んだ匣の瘴気は己の中に残っている。浄化出来ずに留めておけば器にも多少は影響も出るわけだ。数時間もすれば痛みもなくなるはずだ』

「はっ……それは良かった」


 小屋を出てくるときに、ミアに街へ行こうと約束していた。それを無碍には出来ない。

 喜んでいいのか落胆していいのか。微妙なところだが、ひとまずは目処がついたわけだ。


 祠の外にはフィノを待たせているし、知り得た情報は後で精査するとしよう。


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