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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第十章
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傍若無人


 例え結末が決まっていたとしても、最後の最後まで足掻き続けると決めたのだ。

 魔王の器となったからには、このまま無駄死になど御免だ。解決策があって、少しでも希望があるのならば手繰り寄せてでも掴んでやる。


「俺には時間がないんだ。お前らの気まぐれに付き合っている暇はないんだよ!」


 噛み付くようなユルグの言に、竜人は瞳を細めた。


「随分となめた口を利く。俺がここから出られないのは変わらんぞ?」

「だったら俺がお前をここから解放する。その手助けをしろ」


 向けられる眼差しから目を逸らさずに見つめ返して、ユルグは無茶な要求をする。交渉と言うにはなんともお粗末なものだ。


 ユルグの後ろでは――生きた心地がしないのだろう。マモンがそわそわと落ち着き無く二人の様子を伺っている。


「お前たち無人は昔から変わらんなあ。どれだけ時が経とうとも、俺たちを敬うことも知らぬか」


 やれやれと嘆息すると、竜人は続ける。


「言ったはずだ。俺が無理に動く必要は無い。仮にお前に協力するとしても俺に何の益がある?」

「何もない。だから無償で手を貸せ」

『なっ――何を言い出す!』


 あまりの傍若無人ぶりに、マモンがゆさゆさと身体を揺すってくる。彼がどうしてここまで焦っているのか。その理由は分かっている。


 しかし、これはユルグにとっても賭けなのだ。

 目の前の四災がどんな答えを出したとしても……運良く要求を呑んでくれたなら良し。機嫌を損ねて敵対したときは、その時はその時だ。だが、無策で窮地に立たされるという馬鹿な真似はしない。


「俺は四災だぞ? お前たち定命よりも遙か高位の存在だ。それを分かっていて言っているのならば、笑止」

「はっ、地上に出られずに、穴の底でそんな大口叩かれたところで、たかが知れてるってもんだろ」

「お前……っ、無人如きがそれを言うかッ! どうやら今すぐ死にたいらしいなあ!」


 ユルグの言動に彼は怒りを露わにした。けれど、それはユルグの態度にではなく、たったいま口にした言葉にあるようだ。

 それもそのはず。人間のせいでこうして大穴の底に囚われているのだ。あんな戯れ言を目の当たりにしたら誰だって憤慨する。


『どっ、どうするつもりだ! 奴は怒っているぞ!』

「お前は黙っていろ」


 デカい上背を縮ませてマモンはあたふたと右往左往している。

 しかし、それに構うことなくユルグは眼前で怒り狂っている竜人から目を逸らさない。


 そして――そのまま、挑発を続ける。


「ここでやろうって言うのか? 俺は構わないが……今のお前に俺が殺せるのか?」

「……っ、どこまでもなめ腐りおって! 良いだろう、そこまでの大口を叩くのなら、その挑発に乗ってやる。俺が膝を地に着けるようなことがあったのなら、無人。お前の戯れ言を呑んでやろう。だが、それが出来ないのなら……ここで死にさらせ!」


 大地を振るわすほどの怒声を張り上げると、ギラギラとした金の眼を光らせて竜人は向かってきた。




 両者に空いていた距離を詰めて、竜人が放った最初の一手は鋭い爪撃。

 易々と肉を切り裂いてしまうそれを後退して躱すと同時に、ユルグは背負っていた剣を抜く。


 ユルグの目論み通り、彼は挑発に乗ってくれた。上手くいくか不安だったが、ここまで事を進められたのならやることは一つ。


 なんとしてでも奴には地面に膝をついてもらう。


 未知数な相手だ。容易にはいかないだろうが、それは奴も同じだ。彼は魔法を知らなかった。ということはユルグが何をするのかも知らない。元勇者であるユルグにとって、これほど好条件な相手も中々いないだろう。


 とはいえ油断は禁物である。

 いくら大穴の底で力を封じられているからといって、ポテンシャルは人間の比ではない。マモンですら相手にならないはず。挑むならば全力でやらなければ、命を狩られてしまう。


 睨めつけるユルグの視線をものともせず、竜人は攻めてくる。攻撃の隙を与えることのない連撃を剣で受け止めて――瞬間、肉薄していた身体が沈み込んだ。


 ――ッ、足払い!


 転ばされる前に気づいたユルグは、咄嗟に避けた……つもりだった。

 けれど、避けられたのは最初だけだ。正確には……脚を使った初撃は避けられた。


 掴まれたと感じたのは、右足首に何かが巻き付いた感触がしたからだ。

 それを確かめる間もなく、足首を掴んだ何かに剣を振るう。


 するとあっさりと拘束は解かれた。内心それに驚きながらも、取りあえず竜人から距離を置く。

 彼の様子を見ると、尻尾の先が斬られていた。


 ……なるほど。あれが今足を取ったものの正体か。


 ユルグの観察眼を前に、斬られた尻尾はすぐに再生して元通りになる。竜人もダメージを負ったようには見えない。

 おそらくどれだけ攻撃を与えようがあの身体を滅することは不可能なはずだ。


 けれど――勝機はある。


『どうするつもりだ!?』


 直後、マモンの焦った声が脳裏に響いた。それに驚きながらも、目線を動かして確認するといつの間にか彼の姿が消えている。

 ユルグの身体を依代にしているから、こうして話は出来るわけか。これはなんとも使い勝手が良い。


「助けはいらない。お前はいざという時にここから逃げるための準備をしておいてくれ」

『そんな悠長にしている場合か!?』


 マモンは今すぐにでもここから逃げろと言っているようだ。終始、竜人に怯えていた彼の心境を想えば分からなくもない。


「勝てない喧嘩はしない主義なんだ」


 だからこの状況に持ち込んだ。


「ふむ……可動に多少難があるが、まあこのくらいならいけるか」


 身体をほぐすように動かして、竜人は独りごちる。


「とはいえ、ぬるい初撃ではなかったろうに……なかなかどうして、動けるではないか」

「そいつは使わないのか?」


 ユルグが指差したのは、彼の後ろに陣取っている骨竜。四災の本体であろうそれは、大人しく鎮座している。


「無人如きに俺が出張る必要もなかろう。これで十分だ」

「そうか。後悔しないといい、な!」


 会話の最中に手中に忍ばせていた投げナイフを投擲する。

 竜人はそれを避けることなく、片手で掴んで受け止めた。直後、込められた魔法が発動する。


 ――〈アイシクルヘイル〉


 まずは、奴の動きを封じる。


「……なんだ、これは」


 竜人は呑気に、一瞬にして凍り付いた片腕を興味深げに見つめる。

 その間にも生み出された氷域は、濃霧の影響と先ほど降ってきた血の雨もあって、スタール雨林の時と同様、広範囲に広がっていく。

 それによって足元も凍り付いて、動きも封じた。周りも突き出た氷柱によって範囲外に逃げ出すことは困難だ。


「ハハハッ、これが魔法というものか。なかなかに面白いことをするなあ!」

「笑っていられるのも今のうちだ」


 氷域の拡大が止まったところで、抜き身の剣にエンチャント。炎刀を携えて、張り出した氷の上を歩く。


 ――奴の身体はユルグの想像以上に脆い。おそらく、あんな成りをしているが生身の人間とそう変わらないはずだ。


 それを確信したのは、先ほど尻尾を斬った時だ。ただのなまくらで斬れるほどに奴の身体は硬くない。というよりも、あの状態でしか身体を創れなかったのだろう。


 四災の力はこの大穴によって封じられている。あの状態が精一杯だとみるべきだ。そうでなければ、ああして血の雨を防ぐ必要も無い。

 ユルグは雨を浴びてはいないがわざわざ骨竜の頭蓋で覆ったということは、竜人にとってもあれは害となるものだから。

 再生すれば問題はないのだろうが、無駄な力を使いたくはないのか。


 ……なにはともあれ、ユルグの剣は竜人に届き得るのだ。


「お、なんだ。今度は何をするつもりだ?」

「お前を袈裟懸けにして、地面に這い蹲らせる」

「クハハッ、面白い事を言う」


 炎刀を手に迫ってきているユルグを見て、竜人は尚も笑ってそれを静観している。

 抵抗する気が無いのか。する必要もないのか。どちらかは知れないが……奴の身体は氷によって拘束されたままだ。


 だったらお望み通りに両断してやろう。


 竜人の面前に立ち――刃を振り下ろす。

 それは氷の膜を突き破って、易々と鱗に覆われた表皮を裂いた。肉の焼ける匂いと熱によって水蒸気がもくもくと立ち昇る。

 身体に潜り込ませた炎刀は少し力を加えるだけで、すんなりと相手を両断してしまえる。


 けれど、なぜか竜人は笑ったまま。不気味なほどに、ユルグの攻撃を意に介していない。


 その事に意識を持って行かれていると、微かな呟きが聞こえてきた。


「――焔還(ほむらがえ)り」


 聞こえた言葉の意味は分からない。けれど、何かをしようとしているのか。察知したユルグは、刃を押し進めようと力を込めて――竜人の身体の異変に気づく。


 ユルグが斬り付けた傷口の断面が煌々と燃えている。あれは焼き切った傷ではない。まるで身体の内側から燃えているような――


『――っ、後ろだ!』


 マモンの大声が脳裏に響く。


 それに振り返るよりも前に、剥き出しの骨の顎門(あぎと)がユルグの肩口に噛み付いた。


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