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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第十章
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不純なきもち

 

 なんとかミアを宥められたことにほっとして、ユルグは外に出た。


 けれど、直後――突如として顔面に向かって雪玉が飛んでくる。


「――っ、あぶなっ」


 紙一重で避けたそれは、小屋の外壁へと当たってはじけ飛んだ。

 いきなり不意打ちのような攻撃を食らわせてきたのは、今まで外で待ちぼうけをくらっていたフィノだった。


「いきなり何するんだ」

「べつに!」


 なぜか彼女は怒っていて、しゃがみ込むと雪をすくって両手に雪玉を握り出す。


「なんでも!」

「――うおっ」

「ない!」

「――ぶわっ」


 華麗なる連撃は左肩と胸元に命中する。


 見事命中したというのに、どうしてかフィノはふくれっ面のまま、ユルグを睨み付けていた。

 けれど、なぜ彼女がこれほどまでに腹を立てているのか。その理由がユルグには分からないのだ。


「何で怒ってるんだよ」

「じぶんのむねにきいてみたら!」


 彼女の隣では……二人して結託しているのか。鎧姿のマモンがせっせと雪玉をこさえていた。その内の一つ。人間の頭くらいの雪の塊を、フィノは両手で抱えて頭上に振りかぶる。


「別に留守番してろとは言ってないだろ!」

「そーいうことじゃない!」


 我武者羅に投げつけてきたそれを軽く避けて、積もった雪を踏みしめて空いていた距離を詰める。

 手が届く距離まで近寄ると、そこでフィノはやっと大人しくなった。けれど、その表情はまだ浮かないままだ。


「何か言いたいことがあるならはっきり言え」

「なにもない」

「そんなわけないだろ」


 こんな子供じみた真似をして……何か不満があるからだ。けれど理由を尋ねようともフィノは頑なに口を割らない。



 今回の魔物退治――ミアとエルリレオにはそう説明していたが、ユルグの目的は虚ろの穴へと赴いてこれ以上魔物が溢れないように策を講じることだ。

 と言っても、出来る事は限られている。


 大穴からの魔物の流出を止めるには、瘴気をどうにかするしかない。

 今までなんとか持ちこたえていたのは、祠に奉られている匣が溢れていた瘴気を吸収してくれていたおかげだ。しかしそれが機能していないとなると、マモンが瘴気を浄化するしかなくなる。


 彼はそれをユルグに強要することはないと約束してくれたが、後々の事を考えるのならば今ここでリセットした方が良い。

 ――例えそれで、寿命が削れるとしてもだ。


 けれど、そのことは誰にも話していない。知っているのはマモンだけで……そもそも、こんな話をしてしまったら金輪際、ユルグは自由に行動が出来なくなる。そうなってしまわないようにわざと秘密にしているのだ。


 だんまりを決め込んだフィノに溜息を吐き出して、彼女の隣を見遣る。


「お前もいつまで雪玉を作っているつもりだ」

『うむ……これも案外楽しいものだな』


 膝丈ほどの雪だるまを作り終えたマモンは、それを崩すと腰を上げた。

 しかし……気のせいか。どうにも余所余所しいというか、気に掛かる態度だ。第一にユルグと目を合わせようとしない。

 鎧姿のうえに表情の見えない兜を嵌めているが、視線は感じられる。けれど、わざと目を逸らしているように思えるのだ。


「マモン、お前……余計な事は喋ってないだろうな?」

『……』

「おい、なんで黙る……後ろに隠れるな!」


 ユルグの視線から逃れるように、マモンは黒犬へと姿を変えるとフィノの背後へと回った。

 明らかに何かしらやらかしたであろう態度に、ここまでわかりやすいと流石のユルグでも気づいてしまう。


「お前、フィノに喋っただろ」

『うっ……それは。どうだったかなあ』

「とぼけるな!」


 あの事実を知っているならば、フィノがこうして不機嫌な理由にも説明が付くのだ。


 今回、彼女を同行させるのはミアに押し切られたからである。ユルグ一人では心配で行かせられないと言われてはこうするしかなかった。

 そうでなければ何も言わずに、いつものように街で依頼を受けている最中に済ませようとしていただろう。


 問い質すと、マモンは観念したのか。重苦しく頷いた。


『悪気があったわけではない。話すべきかも迷った。だが、知っておくべきだと』

「……っ、自分が何をしたのか分かっているのか? それはお前が判断することじゃないだろ!」

『……面目ない』


 しょんぼりと項垂れたマモンに、これ以上何も言う気になれない。


 何を考えてマモンがフィノに明かしたのか。真意は図れない。けれど、初めから……一番初めから、彼女を巻き込もうなどとは思っていなかった。


 あの時、着いてくるなとは言わないと、そう言ったから。フィノはここまでユルグの背を追いかけて辿り着いたのだ。

 今まではそれで良かった。けれど、これからはそうであってはダメなのだ。


 既に結末が決まっている旅路に、彼女を付き合わせるわけにはいかない。


 その想いがあるから、わざとフィノには伏せておいたのだ。しかし、その努力もマモンのせいで水泡に帰した。

 口止めをしておかなかったユルグも悪いが、それにしたってあんまりだ。


 煮え切らない思いを抱えたまま、怒りを抑えてユルグは一つ大きく息を吐く。



 思い返してみれば、昨日フィノにこの事を話してから、様子がおかしかったように思える。

 なんだか元気がなかったし、落ち込んでいるようにも見えた。てっきり、またユーリンデと別れたのが原因かと思っていたのだが。


 しかし、彼女がどれだけ我儘を言おうとも、こればっかりはどうしようもないのだ。

 瘴気を浄化出来るのはマモンのみ。それを成せばユルグもこれまで通りとはいかない。そして、フィノにはどう足掻いてもそれを肩代わりすることは出来ない。傍で見ているしかないのだ。


 言うなれば今の彼女の奇行は八つ当たりに近いものだ。


 行かないでと言ってもユルグは聞かないし、自分に出来る事も無い。だから、ああして不機嫌になって怒っている。


「それで、お前はどうしたいんだ?」

「う……」

「お前が着いてきても来なくても、俺のやることは変わらないぞ」

「い、いっしょにいくよ」


 悩んだ挙げ句、フィノが出した答えは何も出来ることがなくてもユルグに着いていく、だった。


 ミアにも頼まれている。敬愛するお師匠の大事な人の頼みならば、しっかりと叶えてやらなければ!

 それに、先ほどのユルグの態度がフィノには気がかりだった。


 彼はあまりフィノに対して、ああいうふうに気を向けてくれる人ではない。必要なことはきちんと教えてくれるし、フィノが一人で生きていけるようにここまで面倒を見てくれた。

 それでも、ミアのように心配して想ってくれることはあまりない……ように感じる。


 それが、どういう風の吹き回しか。

 今しがたマモンに激昂したユルグは、フィノの為を想って言ってくれたようにも感じたのだ。

 自惚れかもしれない。勘違いかもしれない。それでも、嬉しかった。喜ぶことではないけれど、あんなお師匠は初めて見た。


 その想いが、フィノには嬉しかったのだ。


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