何も変わらない
「勇者っていうのは、困っている人を助けたり魔物を退治したり……他人の為に頑張ってたんだ。それが今じゃどこに行ってもお尋ね者なんて笑えるよ」
吐き捨てるように告げたユルグの言葉に、フィノは難しい顔をして黙り込んだ。
「……それ、わるいこと?」
「いいや、良いことだよ」
「んぅ……なんで?」
悪事を働いてもいないのに、こうして目の敵にされる。
その理由をフィノは求めているようだ。
今の話を聞けば誰だってそう思う。
どう説明しようか悩んで、ユルグは続ける。
「……自分を犠牲にしてまで誰かを助けるのが嫌になったんだ。でもそれは許されない。従わないなら、いらないってことだろうな。用済みになったら殺しても良いらしい」
フィノはじっとユルグを見つめて、数回瞬きをした。
何か言いたそうに――けれど、一瞬だけためらって再度顔を上げる。
「フィノと、おんなじ」
「……え?」
「どれいみたい」
刹那――ユルグは頭を殴られたような衝撃を受けた。
言葉足らずな彼女の物言いでも、何を言いたいのか分かる。
主人の命令に従わないなら、使えないなら、殺してしまっても構わない。
それは虐げられている奴隷の扱いと何も変わらない。
「はははっ、……なるほどなあ」
「……ユルグ?」
「そうだ、奴隷と何も変わらない」
けれど、奴隷よりも状況は過酷だ。
商品としての奴隷なら買い取ってもらえれば自由になれる。
その後の采配では普通の生活を送れることもあるだろう。
そこが決定的な違いだ。ユルグには逃げ道など、どこにもない。
「いつまで経っても逃げられないな」
勇者である限り、どこまでも追われる運命。
だからといって、大人しく殺されてやる義理はない。
「やっぱりお前、邪魔だよ。早く俺の前から消えてくれ」
冷ややかに見下ろすと、フィノは不安げにユルグを見つめた。
急速に頭の芯が冷えていく。
こんな所でグズグズしている暇はない。
ましてや足を引っ張るフィノをいつまでも傍に置いておく必要も無いんだ。
「う……ユルグ、おこってる?」
「だったら何だ。俺の機嫌でも取るっていうのか?」
有無を言わさないユルグの態度に、フィノは気圧されて何も言えなくなってしまう。
うろうろと目線を彷徨わせて、遠慮がちに見つめてくる。
「あんたねえ。女の子泣かすんじゃないよ」
背後からラーセの怒声が飛んできた。
すぐさまカウンターまで近寄ると、二人の間に立ち入ってくる。
「この店、人手は足りてるのか?」
「なんだい藪から棒に。そうだねえ、夜は問題ないんだけど、昼はあたしだけじゃあきついね」
「良かったらこいつを働かせてやってくれ」
提案すると彼女はフィノを見つめて、それからユルグへと向き直る。
「あんたがこの子を泣かせるようなこと、しないっていうなら引き受けてやってもいいよ」
「……善処する」
「その答えじゃあ心配だけど……良いよ。住み込みってことで預かってあげるよ」
「助かる」
話が付いたところでユルグは立ち上がった。
それに着いてこようとフィノも椅子から腰を浮かすが、それを片手で制する。
「着いてくるな」
「んぅ……でも」
置いて行かれると思っているのだろう。
フィノは今にも泣き出しそうな目をして、ユルグの腕を掴んだ。
それを見たラーセからの無言の圧力に、ユルグは渋々口を開く。
「しばらくはこの街にいるって言っただろ。準備が整うまでは離れられない。隣の宿にいるから用があるなら後で来ると良い。たぶん、追い返したりはしないから」
出来るだけ努めて優しげに振る舞うと、フィノはそれきり何も言うことはなく頷いた。
店を出ると、夜の風が吹き付けてくる。
寒々しい夜風に身を竦めて、ユルグは宿へと戻るのだった。




