一本釣り
雪原を泳ぎ回る魔物を見て、開口一番。フィノはユルグへと尋ねた。
「どうやってたおすの?」
「あいつに火球を食わせる。身体を覆っている棘は硬すぎて攻撃が通らないんだ」
ユルグが初撃で斬り込んだ時はそうだった。あの硬い棘に阻まれて斬撃は届かない。
「だが……今はどうだろうな」
雪原を泳ぐ魔物を凝視する。
ユルグの読み通り、奴の頭部……口の周辺にあった棘がなくなってその下にあるピンク色の肌が露出していた。
あんなにも強力な攻撃だ。やはりそれなりにリスクもあるようだ。
あの状態のまま動き回っているということはすぐに再生する代物ではないのだろう。であれば露出している部分にならば、ユルグの斬撃も通るのではないか?
「試してみる価値はあるな」
ぶつぶつと独り言を呟いているユルグの隣では、フィノがじっと魔物を見つめている。
「それでもあんなに動き回られちゃ手が出せない。まずはあいつを捕まえるところからだな」
言葉にするのは容易いが、それを成すのは至難である。
マモンですらああして手こずっている相手だ。真っ向勝負の力業で捕らえることは出来ないはず。上手く策を練らなければ無駄に体力を使ってしまう。
「奴は獲物に食らいつくときは必ず真下からやってくる。それを利用すればその場に留めることは出来そうだ」
「……ううん」
ユルグの案を聞いたフィノは唸り声を上げた。何かを考えているのか、腕を組んで思案している。
何事だと見つめていると、そんなユルグの隣で彼女はバッと顔を上げた。
「もっとかんたんにしよう!」
「他に方法があるのか?」
「うん、フィノにまかせて!」
「任せてって……おい!」
ユルグの制止を振り切って、フィノは駆けていった。
実力も付いてきたし、もう何も問題はないと思ってはいるが、ああやって突っ走っていくところは治さなければ。
あとで説教でもしてやろうと心に決めて、ユルグもフィノの後を追って丘陵を下っていく。
「――マモン!」
平坦な地形まで降りていったフィノは、魔物を追いかけ回しているマモンを呼ぶ。
聞こえた声に振り返ったマモンは、彼女の様子を見て何をしようとしているのかを瞬時に察知した。
――両膝をついて、両の手のひらを地面に付けている。
『なるほど……アレをやるつもりだな』
確かに、あの方法ならばこうして追いかけ回す必要もない。
成功させるには敵が近寄ってこなければならないが――
『それは己の役割ということか……まったく、師弟揃って魔王使いが荒いものだ!』
地面を揺らしながら、マモンはフィノの後方へと一足飛びで後退する。今から起こるであろう惨事に巻き込まれないためだ。
それを追いかけて魔物も雪原を潜って迫ってきた。ボコボコと地面を隆起させて向かってくる化物を見据えて、フィノはある秘策を発動する。
――直後に、凄まじい突風が巻き起こった。
ユルグがそれを認識した刹那には、雪中に潜っていた魔物が空高く打ち上げられていたのだった。
陽の光に照らされてキラキラと輝く化物は、まるで釣師につり上げられてしまった魚のようである。
その光景を呆然と眺めていたユルグは数秒の後、ハッとして剣を握りしめると駆けだしていく。
「マモン! そいつを捕まえておけ!」
『了解した』
ユルグの指示に、落下した魔物目掛けてマモンは迫っていく。
棘に覆われた体躯に大口を開けて噛み付くと、前足で固定。逃れようと力の限りに暴れる魔物を押さえつける。
その間にユルグは魔物の頭部まで向かう。
すると今しがた予想した通り。棘がなくなり剥き出しの部分は、マモンに追いかけ回されて激しく動き回ったせいか。硬い雪や土砂での傷が出来ている。
つまり、この魔物の棘より内側はかなり柔いと言うことだ。
「さっきはよくもやってくれたな」
炎刀を掲げてじりじりと迫ってくるユルグの殺気を感じたのか。魔物はぶるりと身震いをした。どうやらこんな魔物風情でも恐怖は感じるらしい。
けれど、だからといって慈悲はない。
あんな怪我を負わされたのだ。この状態で帰ったら、またミアにどやされる。約一月前にアロガと殴り合いをしたときも、それはもう鬼の形相で叱られたのだ。
もちろんそれはユルグの身を案じてのことなのだが、もう二度とあんな目には遭いたくない。そう決意していたところ、今回のこれだ。
王手を掛けたユルグの心の奥底では、ふつふつと怒りが湧いていた。
「ジイィィアアアアアア!!!」
「耳元で喚くなって言ったよな! クソ野郎!」
爆音の雄叫びに顔を顰めながらユルグが剣を振りかぶった、その瞬間。
大きく開け放たれた魔物の口の中に、最大火力で放たれた火球が飛び込んできた。
「ギッ――アアアア!」
まるで吸い込まれるように魔物の口腔に着弾したそれは、ボンッ――と小規模な爆発を幾度も起こす。
それに合わせて魔物の体躯が跳ねた。抑え込んでいたマモンの体躯もボンッと跳ねる。
やがて爆発は収まり……それを機に、魔物はピクリとも動かなくなってしまった。
『どうやら無事倒せたようだな』
剣を振り上げたまま固まっていたユルグは、マモンの一言で眼前を見遣る。
そこには彼の言葉通り。口を開けたままぐったりと力の抜けた魔物の死骸があった。
「……はっ――えええ!?」
思わず剣を取り落としてしまったが、拾う気すら起きない。
呆然としながら振り返ると、アリアンネがこちらに向かってくるのが見えた。
「今のは俺がトドメを差すところだったろ!」
「手を出してはいけませんでしたか? そういう作戦だったので……てっきり」
「たっ、確かにそういう手筈だったけど、でも」
『デカい口を叩くが、そういうお主は殆ど役に立っていないだろう。今回の一番の功労者はフィノだ。時点でこいつを留めていた己で、お主は無駄に怪我をしただけの役立たずではないのか?』
「……っ、遅れてきた奴にそこまで言われる筋合いはないだろ!」
『弟子の成長も喜べぬ、心の狭い奴め』
ふん、とそっぽを向いたユルグとマモンに、それを傍で見ていたアリアンネは隣に居たフィノに耳打ちをする。
「いつもあんな感じなのですか?」
「うん、そうだよ。ミアにおこられてる」
「運命共同体なのに、もう少し仲良くされても良いのでは?」
「んぅ、むりかなあ」
もう少し仲良くしなさいは、ミアも耳にタコが出来るほど言い聞かせているが一度もそうなった試しがない。すでに本人たちは元より、周りの人間も諦めているのだ。
「それより、おなかすいたなあ」
ギルドの依頼を済ませて街で食事を摂ろうとしていたところで、ミアとティナに会った。その後、すぐにここまで駆けてきたものだから昼食がまだなのだ。
そんな空腹状態のフィノの元に、美味しそうな匂いが漂ってくる。
クンクンと鼻を鳴らしながらその出所に向かうと、目の前には先ほど倒した魔物の死骸。
「これ、たべるとおいしいかな?」
「……おすすめはし難いですね」
「でもにおいはおいしそう」
焼け焦げた部分を食べてみようと、ナイフを取り出したフィノだったが――
「やめた方が良いぞ」
突如聞こえてきた、何者かの声。
明朗な声音は男のもの。
しかし、ユルグでもなくマモンでもない。正体不明のソレは、魔物の口腔内から聞こえてきた。




